「ここだ」
古めかしい扉。っていうか家自体が結構な年代モノだから、どの部屋でも一緒か。
その部屋は物置同然に散らかってる…はずがない。だって、私が片付けたんだもの。当然よ。
でも、片付けたときにも、そんなに変わったものはなかったはず。
カラスさん。貴方が手に持っているのは何?
ランプでそれを照らし出す。
あ、肖像画。…でも、別にふつうじゃん。
いかにも貴族な服。この家の紋章入り。色白、口ひげ、七・三分け。カラスさんよりもグレイに近い顔だけど、紋章から察するに、カラスさんのご先祖様かしら。
…それってありえない。だって…うちの旦那はこんなに色黒。
「私はこの家の血を継いでないんだ」
えぇ? 今なんとおっしゃいましたか?
「父上は…子宝に恵まれなかった。子供が出来る前に、妻に先立たれたんだそうでな。後妻を娶る気にもならなかったらしい」
「じゃあ、あなたは一体…」
「孤児院にいた、どこぞの馬の骨というやつだ」
義父って、何考えてたのかしら。だって、明らかに肌の色が違うじゃん。
「父上は体が弱かったこともあって、貴族の中ではぱっとしなかったが、それなりに考えを持っている方だった。『上に立つ者、民を守らねばならん』。父上の口癖だ」
旦那はどかっと床に座りこむ。私も隣に座り込む。出来る限り旦那に接近して。だって、寒いから。
「つまり、武術の素質があるものを後継者に、と考えた。それで、武術師範とともに孤児院を訪れ、一番よさそうなのを連れ帰った」
淡々と語っているけど、その過去って結構重たいんじゃないのかしら。
「そして、俺を”貴族”であり”軍人”にするべく、有り金を全てはたいた」
で、その結果が、よく言えば質素な・悪く言えばボロい家と、あなた自身ってわけね。
「おかげで『カラス』呼ばわりされてるのね」
つまり、貴族の血筋じゃないってことを、肌の色にかこつけてちくちく突付かれてるのね。サイテーじゃん。あの役人ども。
「父上は、『この苗字には、肌が黒いほうがいい』と言ってた」
ようやく気づいた私って、馬鹿だ。
クライングクロウ。昔々に栄えた国の言葉で、『鳴くカラス』
「俺のミドルネームになってる”ファイ”は、孤児院を出るときに貰ったものだ。あそこにいたことは、俺の一部だから、消したくなかった」
ふっと息を吐き出す旦那を見て、ドキッとした。
「父上は、そのまま残すことを許してくれた。俺はあの人を心から尊敬している」
色っぽかったから。でも子供っぽかったから。
「部屋に戻ろう」
立ち上がった旦那の腕を取って、いざ帰還。
すっかり冷えちゃった。あったかいのは旦那の腕だけ。
相変らず廊下は薄気味悪いし、旦那の横顔はいかついけど、行きよりも早く目的地にたどり着いた気がした。
じゃ、寝るか…。ベッドもすぐそこだし…。
「きゃっ!」
思わず声が出ちゃった。だって、旦那がいきなり抱き寄せてきたんだもん。
「いやっ…」
「…嫌ならそういうことはやめてくれ」
何を? 思わず眉間に皺を寄せる。
旦那はすっと手を離した。 そんなにじろじろ見ないでよ。私の顔に、何かついてるっていうの?
「…おやすみなさい、あなた」
あ。私、今すごく酷いことしたのかな。
だって、この人がこんな顔するの、初めてだもの。なんだか泣きそうな顔。
「お休み」
もしかして、嫌われてるのかな? 『いやっ』とか言っちゃったから、誤解されたのかな。どうしよう。
咄嗟に『いや』って言っちゃったのは、今までずっと『私は』だったこの人が、『俺は…』って言うようになった辺りから、ちょっとぼおっとしてたからよ。
不意打ちするそっちがいけないのよ。
いつも通り背中合わせにベッドに横になってるけど、いつもと違う背中合わせ。
まだ起きてるかな。私、もうだめかしら。嫌われたのかしら。お願いだから、私のこと、好きじゃなくても良いから。きらいにならないで。
だって、なんだかつらいから。あれれ? 泣きそうだぁ。
「…嫌じゃないわよぅっ…」
やだ。カジム・ファイ・クライングクロウさんっ、なんか言い返してっ…。
「アカエは馬鹿だ」
それはカジムの声でした。
背中が急に温かくなって。その後は…ここに書けるわけないでしょ!?