カラス元帥とその妻 10

 晩御飯済んで、お皿片付けて、旦那は…よし。いない。
「グレイ、ちょっと聞きたいんだけど…昼間のあの役人が言ってた…」
「旦那様に直接お聞きになってください」
 いつもはゆっくりした話し振りなのに、いやにピシャリと言うじゃないの。
「でも…」
「聞きづらいのは承知の上。ですがお二人はなんと言ってもご夫婦。話し合いが必要なのではないですか?」
 そりゃそうだけどさあ…だって…ねえ?
「ほら。旦那様もお見えですし」
 げっ。出た。カラスさん。
「考えておきます。…あなた…私、先にお風呂入らせてもらいますわ」
「ん」
 聞けるわけないじゃん。そもそも仮面夫婦なんだし。話し合いっていったってさぁ。現に今だって『ん』で返事おしまいだし。
 やめやめ。お風呂にしよ。湯気の立つ湯船。これっ。これよこれ。
「ふう…」
 やっぱお風呂はいいわねぇ。お風呂は。これだけは欠かせないわ。
 でも、これって一般大衆から見れば、結構な贅沢なわけで、そう考えるとちょっと複雑。
 でもいいわよね。ちょっとぐらい。
 あったまったし。後は体拭いて服着て…一杯飲んでから寝る。そうよ。これよ。
 もうここんとこ毎晩晩酌。飲まなきゃやってられないって。こんな無言生活。
 …って、だめじゃん。このまま行くとずるずると…よし。今日から止める。止めるわ。やめるったらやめる。
 そのまま二階へゴーよ。ゴー!
 こんこんこんこん
 いつもよりも早足で、階段を駆け上がる。
 ばふっ。
 またお休みの挨拶忘れちゃったわ。ま、いっか。
 さて、寝るとしようか…。
 …困ったわね。全然眠くないわよ。そうか。アルコールが回ってないから…。
 でも今からまた下に行くのも癪だしぃ。
 ん~…。
 ギキィ…
 あ、旦那かしらん。
 しかしあんなに体大きいのに、何でこんなに静かに歩けるのかしら。
「お休み」
「おやすみなさい」
 背中合わせで就寝。もう慣れっこ。
 …聞くなら今しかない。
「あなた」
 どうしよう。ええい。悩むな。頑張れ私。
「ちょっと小耳にはさんだのですけど、あなたの生まれがどうのこうのって話」
 ちょっと、何か言いなさいよ。微動だにしないっていうのは、ないと思ったのに。
「何か…あったのですか?」
 気になって気になって気になって気になって気になって…
「まだ起きていられるか?」
「…ええ」
 そういうと、旦那は起き上がった。
「見せたいものがある」
 旦那が差し出した手を握る私は、旦那につかまって起き上がった。
 体格いいと安定するのね。あらっ。ちょっと私がふらついちゃった。
「こっちへ」
 もうランプもつけてあるなんて、手際のいいこと。まあ、上着まで羽織らせてくれちゃって。
 ぎいい…
 ドアを開くと、真っ暗な廊下。もうみんな寝ちゃってるもの。
 ちょっと薄気味悪いわね。何か飛び出してきたりとかしないわよね。ね。
 相変わらず無言で歩きつづける旦那様。
 ランプの光で下から照らし出されてるから、いかつい顔が余計怖い。
 でも、あなたが頼りなんだから、絶対に手を離さないでちょうだいよ。
 …や、やっぱり手だけじゃ不安。悪いけど腕捕まえさせてね。
 一瞬、旦那が強張るのが分かったけど、私はむしろ安心。
 この人がいればダイジョブね。