ドラッグストアへようこそ 16

「で?」
 あの日は叫んだので精神と体力の限界を迎えたフォニーがそのまま寝落ち。
 次に目が覚めたのはもう日が落ちる時間であった。
 向かいにはベータ。
 フォニーは壁ギリギリまで椅子をさげ、机の上に伸ばした両足を載せて両腕をだらりと下げ、机越しにベータを睨みつける。
 フォニーのつま先の上に、ベータのしょげた顔が見える。
 あの眼鏡は壊れてしまったとのことで、代わりとして布に変な目の絵をかいたものを目元に巻き付けていた。
「すまん」
 こっちを向いているからには、見えているのだろう。例によって。だから、
「じゃなくてさ」
 フォニーが所望しているのは謝罪ではなく説明であって。
「うん…」
 ぼんやりだが、あの痛みと熱の中、『話しとくべきだった』とかなんとか言ってた記憶がある。
—————口ごもってんじゃねーよ。
 ベータは水を飲み、息を思い切り吐き出し、思い切り吸い込み、軽く吐き出し。
 多少頭痛がしているフォニーよりも調子悪そうだ。もちろん全然平気なはずなので容赦する気はないが。
 目の布を震える手で直しながら、とうとう口を開いた。
「封印なのだ」
「封印?」
—————何のこと??
「俺の目の力を押さえるために、眼鏡に術を掛けてあるのだ」
「術? 押さえる? てかめっちゃアタシ攻撃されてんだけどあの眼鏡に」
 眼からフォニー自身が全部燃え尽きてしまうかと思ったぐらいだ。
「それぐらいでなければ押さえることができない」
「目力強すぎじゃね?」
「そうだ」
「なんの力なの?」
 …沈黙。
「ここでまた黙んのかーい…」
 もう口に出さずにいられなくなったフォニー。
 我慢は毒。この言葉の意味が理解できたから。
 だって、最初からあんな突っ込みどころ満載のいでたちだった。変だろと思ったときに突っ込んで、ほじってたらこんな目に合う前に教えてくれていた可能性だってあったわけで。
 今回は容赦する気はなかった。
「なんなの? 説明すんでしょ?
 そんな言えないやつなの?
 アタシあんたに下着まで引っこ抜かれてズタズタにされてんだけど。
 んなにふざけて触られて困るんなら理由含めて最初から言っとけや!」
 片足をガンガンと机に打ち付ける。
「早くして。まだ結構しんどいんだからアタシ」
「じゃあ今日は」
「戻れってえぇ!?」
 もう無理だ。
「はぐらかすんでしょどーせそーやって!
 だっっっっからあんたに人が寄り付かないのよ」
 付き合いが長い——のだろう——クレアさんでさえどことなく距離があったのは、そうやって言わなきゃいけないことを言ってないからに違いない。
 ベータはこの期に及んでもじもじしている。
—————マジキモイ。
「早く! 説明! 理由は!?」
 観念したのだろう。ベータは面を上げた。
「心が伝わる」
「は?」
「俺が思っていることが相手に伝わる。相手が思っていることも、俺にわかる」
「もっかい、いい?」
 足を下ろして机に乗り出す。
「はぁぁあ????」
「さっきまで足載せてたところだろう」
「いいよそんなん」
 適当に机の上を払い、机に片肘をついた。
「どゆこと??」
—————マジわからん。
 空気読む力が高まるとかではないのだろうが…。
 その証拠に、トリガーが謎のまま、フォニーを置いてけぼりにしようとするかのようにベータは一気呵成。
「生まれつき魔力が強く、人の心が読めて相手にも考えていることが伝わってしまう特殊能力がある。
 伝えるほうはまだ至近距離だけなのだが、他人の心を読む方が問題でな。
 ここから街の入り口くらいまでのものがほぼ全部隣でしゃべっているように流れ込んでくるのだ。
 そのままだと双方の日常生活に支障をきたすので、」
 ベータは自分の目の布を指さした。
「原因である両目を眼鏡で封印だ。
 裏側には魔法陣を仕込み、魔力も念入りに込めている。
 俺の思っていることはこれで、全く他人に漏れなくなる。
 周りの声もそれなりに近くにいない限り大丈夫だし、近くにいても時々聞こえるくらいになる。
 それでも万一のことがあるから、街から離れた生活できるぎりぎりの距離に居を構えている。
 水浴びも極力しないようにして、眼鏡をはずす機会を減らし、無くすリスクを最小限に抑えることができるからな。
 今は間に合わせだから、いつもよりも聞こえがいいが、ないより…」
 そこまで聞こえた段階で、フォニーは頬杖をついていた両手で机の上によじ登り、そのままびっくりしてぽかんと口を開けたままになっているベータの頭をグーで思い切りぶん殴った。
 グぅっと唸る声が聞こえる。
 フォニーはカッとなっていた。
 周りに人がいたら、その人にたとえ心など読めなくても一目見ただけで速攻でカッとなっているとわかったろう。そして止めに入ったろう。
「てことはさぁ!
 あんた、ずーーーっと、アタシが何考えてるかこの店に最初来たときから知ってたってことでしょ!? ねぇ!!」
 ベータはさらに殴りかかろうとしたフォニーをよけることに成功したが、椅子からは転げ落ち尻もちをついている。
 フォニーを制するように両手を伸ばし、肩を掴むが、フォニーはまだ殴りかかろうとするのでその両手を抑えた。
「全部ではない、と、ところどころだ!
 魔力がたりないとか、惚れ薬で男をオトして絞りだそうとか、そんなぐら…ぐぇえ!」
 とうとうローブの首元を両方掴んで締め上げることに成功した。が、ただでさえ魔力切れすれすれでの生活に加え弱っているフォニーには、普段の魔力がある時のような殺傷力はない。
 ベータはてんぱっているのか、魔法を使って抑え込めばいいものを全くその気配がなかった。
 ただ、フォニーもそのことに気づく余裕などなく、兎に角血が上っていた。
 だって、ここに来てすぐも、ブラジャー盗られたときも、もしかして夢に入ろうとしたときも

 昨日箒の後ろで思いっきりしがみついてた時なんて、全部ぜーーーんぶ…ああああああ!!!!
「それをね、筒抜けって言うんよぉおおおオーーーー!!!」
 雄たけびのような声を上げるフォニーにマウントポジションを取られたベータは、胸倉をつかみ上げられ、おどおどしている。
 フォニーに前後にゆすられ、頭がブレブレの状態のまま、ベータは、
「いいいい、いい、いのか? おお、お前…」
「は? いいって何が?」
 フォニーはぴたりと手を止め、
「こんなに近づいたら、今お前の考えていることが」
 さらに胸倉を掴み上げ、ぐいっと顔を近づけた。
 二度目になるが、大事なこととして書いておく。フォニーは頭に血が上っていた。
「構わないわもう今更! 全っっ然! だって言ってることと思ってること、一緒だからさぁ!!!
 そーーーーいうのは、今度から、さ・い・し・ょ・に・い・っ・て!!!」
 ベータの布製の目は、激しく前後に胸倉を揺らずフォニーの攻撃のダメージで斜めにずれてきている。
 手で直そうにも、フォニーに立ち向かうために両手を後ろについており、ベータは直せなくなってオタオタしていた。
—————あーーー…もーーーー…!!
「ちょっとジッとしてなさい」
 フォニーはベータの胸倉から手をはなし、目のあたりに当たっている布をベータの顔に対して真横になるようにポジションを戻してから、頭の後ろのあたりの、布を縛っているところを探し当てた。
 緩んできたそこを適当に縛りなおすと、さっき話し合いのテーブルに座ったときと同様にピシッとした状態に戻る。
 そのままベータの胴体に腰を下ろしたフォニーは。
「そんな大事なら、ずれないようにもうちょっとなんか工夫しなさい」
 一言して、立ち上がり、ベータから離れる。
 ベータを置き去りにして、階段をのぼりながら、言い忘れた一言。
「あと今度から絶対、なんか後ろめたいのあんだったら最初に言っといてね!」
 振り向いたとこにいるベータは、飼い主を見つめる犬のようにも見え。
 —————疲れた。
 眼鏡で封印されかかったダメージボディを引きずって、その日もフォニーはそのまま寝落ちしてしまうのだった。