ドラッグストアへようこそ 15

—————いたい!
 火傷をしたときのような熱と痺れが目の奥から染みて、頭の奥まで突き刺さってしまいそうな。
—————『間に合うか?』
 すぐに涼しいような感覚に変わるが、じりりとした熱は残り続けてフォニーを奥から焼き尽くしていく。
 目を開けているはずなのに、ぼんやりと赤黒い風景。
 ベータは眼鏡を斜めにかけていて、そのままフォニーを押し倒すように横倒しにしたらしい。
 体に力が入らない。
 ベータを押しのけるよりも痛みに耐えることにエネルギーをい、残り少ないからだ。
 足音が聞こえる。戻ってきたベータの姿はさっきより多少見えているが、歪み方が可笑しい。
 黒い獣のように見える。幻覚か。
 ベータの手が目を開き、フォニーの目の中に何かを入れると、傷に塩を塗り付けた時のような激痛が一瞬走り、全身がエビぞりになった。
 あ゛あ゛あ゛、という音が自分の口から漏れ出していることに気づく余裕もないフォニーの額を抑える手は冷たく、それはフォニーの瞼を下ろした。
 エビぞりにしかなれず、両手両足の位置がほとんど動かないのは、ベータがフォニーの足元にまたがって抑えているだけでなく手に術を掛けているからのようだ。
 ひんやりと目と額に別のべとつく感触があった後、ベータの声が聞こえる。
 紙かなにかが体中に1枚ずつ張られるが、動く気力はなかった。
 代わりに、喉の渇き、とんでもない寒気。
「目を開けるな」
 フォニーの体が浮かぶ。魔法で浮かんだのではなく、ベータが抱えているようだが瞼の上には何か乗っかっている感触がある。
 上階に移動し、おそらくフォニーのベッドに横たわる。
 痛みも不快感も、前に外出できるように術を掛けられた時とはくらべものにならないほど強い。あのときは生き地獄と思ったのに、だ。
 いつ開放されるのだろう。
 このまま消え去れたら楽になれるのか?
「みず」
 フォニーが呟いたのか、ベータが呟いたのかわからない。
「吸え」
 唇に何かの茎が差し込まれ、言われるがまま吸い込むと水が喉に流れてきた。
 いつもの栄養ドリンクとやらを薄めたものらしく、臭い。
「くっさ…」
 爽快感のかけらもない液体に呟くフォニーの声を聴いたベータは安堵の吐息を漏らした。
 確かに多少痛みは消えてきた。寒気は消えないが。
「なんなのこれ…」
 フォニーの脳内でもいまいちまとまらないが、眼鏡をかける前後、何かがおかしかったような気が。
「落ち着いたら話すから」
「…ざけんな」
「…すまん。最初に話しておくべきだった」
—————何が?
 しばらく無言のまま、何か筆記具で書いていると思われる音が聞こえ。さらにしばらくすると、フォニーの体が少しだけ浮かび、元に戻る。
 ベッドと体の間に何かが敷かれたらしい。周りに張られていた紙は全部取り除かれ、タオルで汗を拭かれた後、フォニーの体を毛布が包んだ。
 ベータが部屋を出る気配はないが、フォニーに口答えする気力もなかった。
 ただ、頭だけは多少さっきより冴えてきた。
 眼鏡を取った前後、ベータの声がどこから聞こえていたかよくわからない。
 それに、目を押さえて見えないようにしていた割にはフォニーが何をしようとしていたのか察知していたような?
 ベータがフォニーに隠していることが多いのではなく、ベータがフォニーに明らかにしていることがごく少ない。
 何とか弱みを掴んで、ゆする材料を集めるのだと息まいていたのに、フォニーがダメージを喰らってはざまぁもあったもんじゃない。
 魔界の使者が人間のところになんかの相談に来ているというトンデモも目にした。
 これで後は天界と人間界の使者でも来て、三者会合すらできるかも。
 想像しらた可笑しくて、笑ってしまうと、
「大丈夫か」
 とベータの不安げな声。
 クレアが言っていた『弱った生き物見ると特にダメ』なベータ様降臨のようだ。
 甲斐甲斐しく布はぎれでフォニーの汗を拭いてくる。
 振り払おうと手を動かすと、さっきまでと違って動くようになっているらしい。
 でも、
「だめだ。まだ…」
 目をこすろうとするその手を、ベータが押さえ、そっと降ろす。
 不思議だがベータは人と隔絶されたこの空間に長年生活しているはずなのに、生き物に対して乱暴なことは絶対にしない。
 孤児院の子らも距離間をもって懐いている様子で。
 そのくせ、人が寄り付かないのはこのおかしな性格のせいだろうか? やっていいことと悪いことの境界が、魔族より曖昧なのは。
 いや、魔族は人間にとってやってはいけないとされているということは理解してやっている。
 殺し、病…寂しいなんていう魔族にとって些細過ぎる事で人は死ぬし、それは悪いことのようだった。
 それに関わりそうなことはやってはいけないとされているのも知っていて、だから魔族は人にそれをする。
 負の心は栄養になる。
 でも、ベータのは違う。『良かれと思って』と『だめでしょ』の境界が凄くギリギリなのだろう。
 だからフォニーに人体実験まがいのアレコレをする。死んでいたらどうするのか? その実績の有無は確認したいところだ。
 でもフォニーは疲れていた。
 寒気を包む布団の心地と汗をかいても拭いてくれる感触。
 そのまま意識は途切れた。

***********************************

 そのまま数日間ベータの介抱はつづいた、とフォニーは思っていた。
 実際にはたったの半日だったのだが、熱さと痛みで永遠のような時間だった。
 フォニーの意識はとぎれとぎれで、あの臭くてたまらない栄養ドリンクの薄め液を何度も何度も飲まされたのに辟易した。
 それまで濃いやつ一日一回で済ませていたのだが、薄いやつ三回のほうが堪える。何度もちょっとずつ痛めつけることが拷問なのだと、魔界で習った通りだ。
 しかしその学習内容と反比例するように、フォニーは快復していった。良薬鼻に臭しという新たな慣用句の発見。
 そして今日とうとう、ベータがフォニーの瞼の上に乗った、ぐちゃっとした何かを取り去った。
 ここまで毎日取り換えて乗せ換えてされてきた。軟膏のようなものだったのだろう。
 瞼を恐る恐る持ち上げると、ベータの顔がどアップ。
 鼻が接触しかねない。あぶなーーい!
「近すぎ」
 ベータは顔を離し、指を二本立て、
「何本に見える?」
「二本」
 失明の危険があったということか。
 ここで安堵すると思われたベータは、フォニーの予想に反してフォニーの体を軽く抱き起こし、背中にクッションを置いた。
 少しだけ前が見えるくらい斜めに起き上がった姿勢になったところで、ベータはベッドから後ずさり、大きく息を吸い込み、おもむろに、
「これはっ!?」
 謎のポーズ…ビシビシ決めている。見覚えがあった。
 H・O・R・E・K・U・S・…。
「ばっっっっっっっかじゃないの!!??」
 フォニーの部屋中に響き渡る怒鳴り声を聞いたベータは、今度こそ満面の笑みを浮かべて脱力したように壁にもたれかかりずれ落ちながら、よかった、とつぶやいた。