昼と夜のデイジー 28

「予想通りね」
ドルの休暇に入るその日。
デイジーは家の玄関前で目の前の様子を総括してそう言い放った。
デイジーが乗る馬車、荷物一式、待ち受けるヤマダと付き添いのメイド&メイド長、見送る召使達、そして。
グィーガヌス刑事プラス部下1名。
「なんか…すごいことになってるんだけど」
ドルもまたデイジーと同じく目の前の様子を総括したが、事前情報のあったデイジーとは真逆で目を剥いている。
昨日ドルが帰るときにメイド長から説明があったものの、実際のものものしさは想像以上。
ドルとしては自分の家なので、当初予定ではデイジーの出立時にここに居る必要はないはずだった。
が、そこはグィーガヌス刑事。
休暇の時期といい何といい怪しいと踏んだらしい。
至極全うな考えだが、取り調べ前に逮捕するわけにもいかない。
代わりにデイジーの警護名目でできるだけ長く貼り付くことにしたようだった。
結果、デイジー関係者のそこそこグレードの高い馬車×二台との後から、明らかに下限ギリのボロ〜い荷馬車がくっついていくことになり、それぞれにボディーガードとともに刑事が乗ることになり。
馬車の座席の都合上、予定外に同行することになったドルはボロ〜い荷馬車のほうに乗ることになった。
「めんどくさい…」
ぼそっとドルが呟いたのを聞き逃すデイジーではないし、そこに突っ込むデイジーでもない。
─────モップと速度を比べたらダメよ。
以前窓から飛び込んできたあの速度にドルは慣れきっている。
毎朝の通勤を含め、本当は馬車なんてちんたらし過ぎてやっていられないレベルなのだろう。
思い出しながら横目でドルを見ると、ドルもまたこっちを見ていた。
言うなよ、と目で言っている…と思う。
頷きもせずじっとりした視線を向け続けていると、
「お嬢様、このたびはこのような格好でなんとも、その…」
死角から聞こえたグィーガヌス刑事の声に驚き振り向く。
以前見たのと寸分違わない窪んだ目と鷲鼻があった。
「い、いえ…こちらこそ先日より体調がすぐれず恐縮ですわ…。
よろしくお願い致します」
デイジーが言い終わるのを聞きもせず、グィーガヌス刑事はドルを繁々と眺めていた。
はっきり言って失礼だ。
─────私にも、ドルにもね。
「私は後ろの荷馬車に乗りますんでね。
お嬢様はこちらの若いので。へへ…」
やはりドルが疑われているのを感じる。
恐らく道すがら荷馬車上でドルをこってり絞る気だろう。
休みを取ろうとした時期がまずかったのと、デイジー一行の宿泊施設の都合で休みの時期をずらすことができなかっただけなのだが。
ドルに対する申し訳無さを多少抱えて馬車に乗り込む。
続いてメイド長含む二人が、そして最後にヤマダが乗り込むと、一気に屋根付きの馬車内の密度が上がった。
特にヤマダが苦しそうだ。
揺れたら頭が思い切り馬車の天井に当たるだろう。
でも屋根なしで外の風を思いっきり取り込んだら、デイジーの体力が持たない。
ヤマダの首が軽く鞭打ちになりかねなくても、馬車を変更するわけにはいかなかった。
メイド二人もヤマダの頭付近を多少不安げに凝視している。
「ごめんなさいね、手狭で…」
デイジーが言わないと誰も言えない。
この中で一番身分が高いのは自分だった。
でも、言ったところで自己満足以外の結果になりようがないのはよく知っていた。
「いえ」
予想通りの一言がヤマダの口から発せられたタイミングで馬車が動き出した。
そして予想通り、最初の揺れでヤマダは頭を天井に打ち付けた。
「あ!」
「だ、大丈夫ですか!」
「あの…」
女三人が声を上げる中、ヤマダは痛がる素振りなど微塵も見せず、何時もの機械のような表情のまま。
「大丈夫です。慣れてますから」
予想以上にヤマダの可哀想な過去の体験を示す一言で、返す言葉を失った三人は、心から同情することもうっかり笑い出すこともできずに何となくヤマダから目をそらした。
─────ドルだったら仮に天井があってもぶつかる身長じゃないもんなぁ。
が、今ドルは後ろの荷馬車。
そもそもそんな心配はいらない。
どちらかというとグィーガヌス刑事からの濃〜い取り調べで、到着した頃にはぐったりしているんじゃなかろうか。
そもそも今朝もなんだか疲れている様に見えた。
向こうに付いてからも授業などやれるのだろうか。
刑事達も場合によっては授業中にアレコレ介入してくる可能性もあり、なんだか色んなところが悪手だったように思える。
揺れる馬車の窓から見える風景からは次第に人が消えていき、店が消えて行き、家が消えていった。
代わりに草原と畑が増えてきて。
無言の車内に何となく目を戻すと、目をつぶる若いメイド、俯くメイド長、そして何故か真正面を見据えるヤマダ。
「何か見えるの?」
猫を飼っていると時々へんな所をじっと凝視していることがあると聞く。
魔力波動が見えるヤマダにはもしかしたら何か見えているのかもと思って尋ねたが、ヤマダはかぶりを振った。
「ボディーガードですから」
理由になるのかならないのかよくわからないけど、ツッコミ返すのも妙な気がしたデイジーと、自分の返答に納得したと見えるヤマダの間に沈黙が流れる。
父親と話すときとは違ういたたまれなさを感じたデイジーは、そっと視線を窓の外に戻した。

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馬車がデイジーたちの宿泊先に停車した時、時刻は昼前だった。
足元を見ながら地面に足をつけると、爽やかな外の空気だ。
都会の空気もそんなに堪能していないデイジーには違いがわからないが、メイド二人の笑顔はその差を物語っているのだろう。
道はそこまで悪く無かったもののあのあとも何度か、『ゴン』という鈍い音を聞いた。
ヤマダは表情を変えはしなかったものの、降りながら頭をさすっていた。
やはり痛いのだろう。当たり前だ。
「痛い顔してもいいんじゃなくって?」
「…ボディーガードですから」
なんでもそう言っておけばいい万能ワードのようにその言葉を口にしたヤマダは、もういつもどおりだった。
荷馬車から続々と荷物が下ろされ、デイジーたちはホテルへ。
こじんまりとした清潔感のある佇まいの建物に入ると、内装は白とパステルブルーで統一されており、やはりさっぱりとしたものだった。
ドルは、『へーっ』と軽い感嘆を漏らしながら首をあちこちに向けて内装を眺めている。
「どうしたの?」
「いや、ここ、中こんなんなんだって。
僕的にはこのへんが地元がだからそもそも宿泊なんて必要ないわけだけど、それ以外でもこんな高級なとこ泊まったことないから」
高級らしい。
デイジーの場合は逆にこういうところにしか泊まったことがない。
泊まりに行くことになる理由のバリエーションはたった二つ。
一つは父親が自宅で仕事関係の何か、しかもデイジーがいると困るような何かをするとき。
もう一つは母親が父親不在時にやりたいようにやりたいとき。
どちらも細かい中身は知らないが、旅行させる目的は要するにデイジーの厄介払い。
デイジーの中では、過去に泊まったホテル全てにその時々のぼんやりした後ろ暗い理由が紐づいていた。
今回はそれらとくらべれば比較的まともな理由の、初めての──もしかしたら楽しい──旅なるはずだったのだが。
鼻をひくひくさせるグィーガヌス刑事と部下、そして仏頂面のヤマダ。
増えたメンバーは、また今回の泊まりも良くないことになりそうな、そんな空気を連れてきていた。