昼と夜のデイジー 18

結局いつもの通りだらだらした後、ドルは帰っていった。
今日分かったことは二つ。
一つは、私は箒とモップのヤキモチ合戦に巻き込まれたらしいということ。
もう一つは、ドルが何か隠していること。
―――――隠してるのかしら?
ドルに聞いたらきっと『言ってないだけだよ』とか、嬉々として答えるのだろう。
なんだかまたしてもぐるぐるぐるぐる…頭の中がごちゃごちゃ。
メイドがドアをノックする音が聞こえて初めて意識が覚醒した気がする。
「はーい」
「夕食の支度が整いましたので…」
「はーい」
「今日は奥様がお帰りですので」
…げっ、めんどくさー。
と思ったが口には出さなかった。
「わかった」
メイドが出て行くと、私は盛大にため息をついた。
どの道何も話すことなどないのだから問題ないだろう。
階段をのろのろと下りる。
白い廊下の壁がいつもよりもよどんで、私を押しつぶしてくるように感じる。
それに比例して足取りが重くなる。
力ではなく心を振り絞って、食事の場へと向かった。
母はもう席についていた。
いつもは私が座っているお誕生日席だった。
「あら、遅かったのね」
触るとヒビが入りそうな厚化粧の母は、何とかヒビを入れないように顔の筋肉を動かして笑顔を作ることに成功したようだ。
「ごめんなさい。少し予習をしていまして」
「そう」
母の右側に座る。
食事が運ばれてくる。
だが母は私のほうになど目を向けはしない。
彼女の関心はもっぱら若い召使の男たちだ。
「ねえ、誰か新しいかた入られた?」
自分の家の召使ぐらい自分で把握しておけよ! と咽喉までせりあがるのを押さえ込んで話しているであろう召使たちは偉いと思う。
「いえ、召使のかたは特にだれも」
「そう。じゃあ最近のめぼしいのは家庭教師の彼だけなのね」
気のない『はぁ…』を繰り返すメイドは事情を知っているからだ。
お気に入りにはつばをつけるという彼女の悪い癖を。
そんなメイドに飽きてか、母は珍しく私に声を掛けてきた。
「ねえ、彼なかなかよね」
「そう…ですね」
「そうよ」
勝ち誇ったような彼女の笑みは、まるで『私は全部知ってるの』と高笑いするかのようだった。
なぜ?
何故私にそんな振る舞いをする必要があるのだろう。
いつもいつも、この人を見るたびに悲しい。
何故私にそんな宣戦布告をする必要があるのだろう。
私が七歳か八歳のあの日も、召使の男の一人が私と遊んでいると、私をキッと睨みつけたのだ。
召使の男は彼女に連れられて庭から屋敷の中へと入っていった。
その後三ヶ月ほどして、彼は屋敷での仕事をやめたらしく、いなくなった。
何があったのかはあの時はよく分かっていなかった。
ただそのときは召使たちが噂しているのを聞いただけ。
『奥様に…ちゃったんだって』
『奥様が……まあ、いつものことね』
『でもなにもデイジーお嬢様から取り上げなくたって』
彼が母の”若いツバメ”というのになったのが周囲にばれたからだということは、後になってからわかった。
それからは、もう母はためらわなかった。
「ごちそうさま」
「ご馳走様でした」
何でそんなに何でも欲しいのだろう。
気が滅入る食卓から抜け出して部屋に戻った。
そうだ。彼が屋敷の中に連れられて入っていったあの日も、夜眠れなくて。
その夜のことだったのだ。
モップの少年の夢を見たのは。
だから後で思い出したとき、こう思ったのだ。
「あれがどこかからやって来た正義の味方で、私のこと助けてくれるのかもしれない…」
声に出していってみたら泣けてきた。
でも、あれは夢なのだ。
―――――でも、ちょっとドルっぽいわね。あれ。
正夢…なわけないか。
と考えを打ち消のにかかった時間はほんの僅かで。
私は安らかではないが、とりあえず眠りについた。