昼と夜のデイジー 19

遅い。
ドルが遅い。
何でだろう。
いつもはこの時間にはとっくに来ているのに。
母とのにがーい食卓の翌日。
私はドルを部屋で待つのに飽きていた。
もういつもよりも二時間近く遅れている。
でも彼はいつも通り、階段を上がる足音をほとんどさせなかった。
「ごめん!!」
ドアが開いたとき、私の顔を見もしないでドルは謝った。
「いーよ、べつに」
ニッコリ。ちょっとは反省しろよ、という含みを目一杯詰め込んだつもりだったのに。
「そ、じゃあよかった」
がくっ。
「ああ、そんなにがっかりしてくれると嬉しいなぁ」
気のせいか、いつもよりも二、三割笑顔のレベルが高いみたいだ。
実はなにかあったのではないかと少し心配していたのに。
そんな自分が嫌になる。
でももうそれ以上怒れないような、いや、怒ったほうがいいのか?
「ね、デイジー。ごめんよ。
いくら昨日の帰りにメイド長から長期休暇とってもいいよって言われて浮かれたからって、明け方まで酒飲んで浮かれ気分を満喫して遅刻しましたっていうのはだめだよね。
ははははは!」
長期休暇…そっか、メイド長、考えてくれたんだね。
…て、
「だめじゃん!!
それめっちゃだめじゃん!!」
そういえば今気付いたけど、その服、昨日のままだし。
「いや、何。こんだけ遅刻したから、酒は抜けたけどね」
確かに抜けてはいるけど!
「だからってっ…そりゃあないわよっ…」
「うん。分かってる。
だからさっきメイド長に長期休暇はもうちょっと先でいいです、申し訳ないからって言っておいたよ」
「え?」
「だってこれはさすがに駄目だよね。
仕事をきっちりしていてこそのお休みだもん」
どこに突っ込めばいいのだろう。
そもそも今まで一度としてまともに仕事したことがあったのだろうか。
浮かれ酒は休暇に入ってからにすればいいのに。
しかもそれで遅刻?
「もーわけわからん」
「そう? ありがとう」
ドルは眉間に皺を寄せる私の頭をなでた。
「ってか別に休みは休めばいいじゃないの。
メイド長さんはなんて言ってたの?
ドル?」
ドルはちょっと止まって私の目をじいっと見た。
「ん?
そりゃ、休みは休みだし、休めばいいって。
これまでの働きぶりはわかってるからってさ」
メイド長さん!! どこ見てるんですか!! こいつのドコを!!
「あ、そっか」
ドルは私の頭から手をはずし、ベッドに腰掛けている私の膝の前にしゃがみこんだ。
下から私を覗き込むようにすると、ドルの髪の毛がぱらりと動いた。
「デイジーは僕に会いたくないのかな?」
ニッコリと微笑むが、なんだか変だ。
ぎこちないというか、違和感がひしひしと伝わってくる。
「え? いや…そういうわけじゃ…」
断言できずに、私はしどろもどろになってしまった。
「…そっか」
ちょっとだけ目を伏せて、またぱっと笑うと、ドルはデイジーの膝に手を当てた。
「嫌われたのかと思ったよ、僕は」
そのまま立ち上がって、伸びをした。
「じゃ、授業授業」
でも、いつもと違う感じ…
「は、やめて、今日は何して遊ぶ?
あ、トランプがいーかな。
じゃスピードやろっか」
じゃなかった。
ぜんぜん、ぜんっぜんいつもどおりでした。
「なんでもいーや、もう…」
―――――はは、私ってバカみたいだわ。
ちなみにこのあとどうなったかというと、私が出したトランプを見て、奴は『何か気乗りシナーイ』などとおっしゃってくれた。
そして手元にあった紙切れを見て、思い立ったように、『そうだ、紙の歴史にしよう』などといって、延々と紙がどのように発明され、使われてきたのかを丸一日話していた。
「つかれた…」
「僕も…」
ドルが話し終わったときには、何だかんだ言って結局クソ真面目に聞いてしまった私までもへとへとだった。
「やっぱり一方的に喋るのって疲れる。
うん。疲れる。
でも、どうだった? このやり方」
机に突っ伏したまま私は答えた。
「面白いには面白い。
今の製紙法ってそこまで進んでるのね」
「そうそう。それがさー」
「たんま。
で、も、ちょっと疲れたわ。
やっぱり聞くのと喋るのと両方なくっちゃ」
「そうだね。
うーんでも今日は喋りたい気分だったんだよなんとなく。
おかげでちょっとすっきり。
ありがとう」
なんでお礼を言われるのかがよく分からない。
でも、まあいいか。
そう思ったとき、突然ドルが目を見開いた。
「そっか。
その手があったじゃん!!」
「何? 今度は」
ドルはいきなり私の肩をつかんだ。
「デイジー、僕の実家に遊びに来ない?」
―――――はぁ!?