昼と夜のデイジー 17

「ただいま」
ドルはまた、部屋の前でメイドと談笑していた。
「だからさ、っと、ああ、お帰りなさいませ、お嬢様」
妙な喋り方のドル。
何か隠しているのだろうか。
「じゃあ、また…」
私は一言で、部屋に入った。
着替えている間中、ドア越しにメイドと話している声が聞こえる。
「いや、中々ですよ、彼女の飲み込みの速さは」
「まあ、今までが今までですけどね。
だから、とも言えるのでしょうが…」
何の話だろう?
私には言えない事?
でも、だったら。
こんなところで話さないで欲しかった。
「着替え終わったわよ」
ドルが入ってくる。
「じゃ、今日はこれ」
渡された本は、『魔法の道具について』と書かれていた。
「分かった」
私がそう答えたことにびっくりしたらしい。
「へえ、珍しく聞き分けがいいねぇ。
何か散歩中にいいことあった?
かっこいい人でもいた?」
「…そうかもね」
少しイライラした調子が出てしまった。
「ふぅん。
そうかそうか。
デイジーにも春が来たか~」
ドルはいつも通りだった。
ほんの少しだけ、彼の『ふぅん』の所に冷たさが混じっていたことには気付かなかった。
「で、話の続きね。
魔女バーギリアの。
もう読み終わったわけだから、先に進めるよ」
何のことかな?
「『魔女バーギリアとおかしな森』の中に、変な箒と変なモップが出てきたよね。
あれが、『狐尾』と『白髭』じゃあないのかってことなんだよ」
どんどん話がわからなくなってきた。
「『どゆこと?』ッて顔してるね、君は。
やっぱり分かりやすいよ」
ニヤニヤ笑うけれど、私はなんだか虫の居所が悪くって。
「…悪かったわね」
でもドルはいつも通りで。
「ほら、ココに書いてあるだろ?
『バーギリアはモップに自分の魔力を吹き込んだ。モップはバーギリアの分身になった』。
で、次」
ドルは何ページをどさっとめくって指差した。
「読んでみな」
「んっと…『バーギリアはクチダケオトコの僅かな魔力をちぎって増幅させた。
そして箒に吹き込んだ。
箒はクチダケオトコの分身となった。
クチダケオトコはバーギリアの恩を受けてこう言った。
私はあなたについていこうと決めました。
どうか私を拒まぬよう。
私はあなたを守り、あなたに仕えます」』。
…あ、そうか。
えっ?
でも…」
ドルは私の顔を見てにやっとした。
「でも?」
つまり、あのモップと箒がバーギリアとクチダケオトコの分身だとすると。
クチダケオトコはバーギリアに仕えることにしたわけで。
そのバーギリアが妙な人間と関わっていると分かったら、バーギリアを守ろうとする。
”妙な人間”ドルは攻撃対象だ。
でも。
「ヤキモチって言ったじゃん、ドル。」
「子供向けの今まで読んでたおとぎ話の先入観を持ってちゃだめだよ。
言葉をよく見て。
『あなたについていこうと決めました。どうか私を拒まぬよう』。
これ、どっかで似たような文句聞いたことない?
例えば…」
「あっ! 結婚式とか!」
「ご名答。
子供向けの本にはそういう意味では書いてないんだけどね。
原書じゃ違うんだな。
そうすると、この先に書いてあるこれも全然違ってくるってわかるでしょ」
その先をもう一度読んでみた。
『バーギリアは答えて言った。
分かりました。
あなたのお心を受け入れます。
あなたは私に仕え、私を守るのです。
私はあなたを拒みません。
しかしこれだけはお守りください。
どうかあなたの身が危なくなったときは、私のことはかまいません。
ご自分の御身を大切になさいますよう』
つまりこれって…
「熱烈ラブって感じ?
しかもバリバリ両思い。
クチダケオトコって顔が口の怪人なんじゃなかったの?」
「愛には関係ないことなんじゃない?
ヤキモチって言った意味分かったよね」
ドルは、嫌になるよホント、というため息交じりのぼやきを吐き出した。
「『白髭』も僕のこと乗せなきゃいいのにさ。
ヤキモチ妬かせたいのかな?
困ったモンだ。
でも乗せてくれないと困るの僕だし。
何か対応策ないのかと思ったんだけど君は何にも知らないし。
君は君で『白髭』のヤキモチの被害者になってるし」
「やっかいね」
「やっかいだよ。
でも僕としては『白髭』に乗らないといけない事情がある」
やや深刻な彼。
「おばあ様のこと?」
「知ってたんだ」
ドルは少しだけ俯いた。
でも、それだけだった。
後はいつものドルだった。
やっぱり私、ドルがわからない。