新説 六界探訪譚 14.第六界ー2

このどっかで見たような下り階段、ちょっと暗いところに差し掛かると一気に明かりが点灯。
…見覚えがあるわけだ。
蛍光灯の光があらわにしたその姿。
コウダと歩いた二谷堀駅のホームに向かう下り階段と瓜二つ。
違うのは無人ってとこ。
ホームに降り立っても誰もいない。
ピーン、ポーン、というあの時もたまに電車のないホームに響いていた謎の電子音が、今も響いてる。
それに続いてメロディが。
「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」
え? 来んの??
左手からあの時そっくりの二つの目玉がホームを照らし出す。
うっすらと見え始めたその形。
でも色、変じゃね?
なんで段ボールカラー??
その理由は、ホームドアぴったりに車輌が停止したときに判明した。
ぼこぼこと無理矢理折り曲げた長方形。
マジックで書き込まれたライト。
窓があるはずの場所に窓はなく、テキトーに四角い穴があるだけ。
同じく黄緑じゃなくて濃い緑色の多少曲った横線。
ちょっと破れた端っこ。
車輌は段ボールでできていた。
これ、保育園時代に電車ごっこした時の。
確か下のほうに『サハ』って書いてあるはず。電車が好きだった同じクラスのタケバヤシ君こだわりの書き込みが…残念ながらホームドアでその確認できないけど。
本当の山手線なら有り得ない1両編成の車輌は、俺達二人が立っている位置に先頭を合わせて停止した。
ドアが開く。
ゆっくりと、そこから一人の女性が現れた。
まさか…。
柔らかな茶色の髪が、色白で卵形の顔をふわりと包んでいる。
車掌さん設定なのか帽子プラス黒ジャケット・黒スカートに白手袋。
でもYシャツのボタンはギリッギリ止まってるっちゅうこのおっぱいぶり。
膝丈のぴったりとしたスカートはおしりからふとももを包み込み。
細いハイヒールで一歩。
カツッと、ヒールはホームに着地した。
この人に、本当に逢えるなんて…。
体中の水分が一気に沸騰する。
挨拶しようと口をなんとか開くけど、パクパクするだけ。声が出ない。
がんばれ、がんばれよ俺。
「はじめまして」
御辞儀をしながらその灰色の瞳は、一瞬今にも眠りそうな猫のようにすっと細くなって開いた。
目を瞬かせるたび、長い下まつげが合わせてパチパチパチ。
やった。
やったあああああああああ!!!!!
「は、はじめましてエーレッシャさん!!!」
やっと声帯を振るわせることができた俺に、エーレッシャさんはにっこりと微笑んだ。
俺の興奮振りにあきれ果てるコウダ。
いーじゃねーかよ。
他人の趣味にケチつけんじゃねぇよ!!
「本日はコウダ様共々、『中』へお越し下さりありがとうございます。
この列車は1両編成です。
目的地までのランドマークは全て通過いたします。
付近では通過する旨のアナウンスを致します。
景色を楽しむための御参考にしていただければと思います。
それでは、出発までご乗車になってお待ちください」
ランドマークはあっても駅はないのか。残念。
白手袋の掌に促されるまま、夢見心地でふらりと足を車輌内部に忍ばせる。
「待て」
コウダの待てが入った。
えー、なんで???
割とあからさまに嫌な顔をした俺。
「お前、前向いとけ。後ろ見るから」
ええ、そんなリスク侵すの?
と思ってる間にコウダは振り返り、前を向いた。
顔色が悪い。
「見てみろ」
あんなに振り返るなって是迄言ってたのに…。
その意味は、言われるがまま振り返って見たとき理解できた。
後ろの、俺達が降りてきた階段。
なくなってる…。
真っ暗な闇は、入って直ぐの博物館動物園駅の後ろと同じだった。
車輌の方を再び。
こっちはさっきと変わってない。
「片道切符かよ」
「だってお前、これまで『中』の法則知り尽くしてるから。
言ったろ。全部出るって」
まじか…。
言い逃れしようもない。
100%自分で撒いた種。
設定までフル稼働って最悪。
…今更手遅れか。
エーレッシャさんは既に俺達から離れていた。
車掌席のすぐ横で俺達を見つめながらにっこりと立っている。
もうさっきまでみたいな浮ついた気持ちでエーレッシャさんを見れない。
「コウダ、行こう」
夢のようなひとときか、それとも。
灰色の瞳を真っ直ぐ見つめると、笑みは一層深まり、薄いピンク色の艶かしい口元から白い歯がチラリと覗いた。
俺が一歩そこに足を踏み入れた直後、すぐ隣にコウダのスニーカーも並んだ。
段ボール製の外側とは違い、内側はちゃんと現実の山手線と同じ座席配置になってるから違和感なし。
緑のシートに着席しようとしてやめた。
電車の特等席といったらココしかない。
車掌席とは逆側の手摺りに把まって立つ。
線路の行く先がガラス越しに見通せた。
コウダも同じようにーー動機は好奇心ベースじゃなくて危機管理ベースだろうけどーー逆側の、車掌席のすぐ後ろの手摺りに。
エーレッシャさんは指差し確認して車掌席に乗り込んでる。
レバーを握る前に振り返り、俺達二人の立ち姿を見て、今度は穏やかに微笑んで。
唇が小さく動いた。
多分それはこういう形だった。
『出発進行』
同時に車内に音楽がかかる。
あのイントロ。
甲高いコロコロと転がるような音色は、始まりのあの日あのときお説教の後音楽室から聞こえてきたそのまま。
電車が動き出す。
ゆっくりと、しかし次第に速度を上げて。
転がる音色から一気に低いゆったりとしたメロディに切り替わったその時。
ホームを出た電車のヘッドライトが照らしだしたのは、線路と見慣れた輝きの森だった。