新説 六界探訪譚 14.第六界ー1


頭から横に入ったため着地出来ず。
体ごと地面に横倒しに打ち付けられ。
肩、痛てぇ…。
頭のすぐ横にコウダの靴が見えた。
雨がしみ込んだ泥塗れのスニーカーと、長ズボンの濡れた裾。
そのまま顔まで見上げる。
コウダはもう俺のほうは見ていないようだった。
自分の右手を見る。
手があった。
左手も、爪先もあった。
…助かった。
いや、第一関門を通過した、か。
『助かった』は『中』から出たときだ。
体を起こし。
立ち上がる。
コウダの肩のちょっと下に俺の肩が来る。
コウダを見ずに言った。
「ありがとう」
「もっかい言うぞ」
コウダも多分、俺を見ずに言った。
「このクソばかやろう。
てめぇのせいで最初から、今も、この後も、ウルトラ迷惑だ」
悪態というより、もうどうでもいいけど言うだけ言わないと気が済まないって感じ。
自分で決めといてコウダに助けを求めた俺。
かっこ悪すぎだ。
対するコウダは、濡れた帽子を軽くはたき、濡れた顔を拭い、いつもより何割かかっこ良く見えた。
「最初に助けといて消えられても寝覚め悪いしな」
大人って凄い。
俺がコウダだったら、同じことされたら多分ぶん殴ってる。
そのへんで子供っていう武器を使った自覚もあるだけに、余計後ろめたかった。
「借金返済の目処が立ったのに、あの作品が消えたら洒落にならん」
やっぱ後ろめたさを感じるのはやめだ。
「入ってお前が消えてないなら、まず一つよかった。
ただ…ちょっと感謝するのは気が早いぞ。
さっきも言ったが、これからお前の『中』とお前と両方が俺に目一杯迷惑かける予定だろ?」
横目がうらめしそうだ。
でも口調はいつもに戻ってる。
「じゃあ出たら…」
言いかけたら手で口を塞がれた。
「その手の死亡フラグ立てるな。
縁起でもないから」
目の前には何もない真っ黒な世界が広がっている。
「こっちにはなにもないな」
「うん。じゃあ後ろだね」
「そうだな」
アイコンタクトも必要なかった。
「「せーの!」」
目の前には石造りの建物。
階段状に登ってく屋根と、両サイドの二本の柱には見覚えがあった。
看板もそのまま。
『博物館動物園駅』。
入り口の扉は青いレジャーシートで概ね覆われてるけど、チラッと覗く部分は黒っぽい。
いつもは緑色なんだけどな。
それにもうちょっと建物ちっちゃくて、門はもっと横に長かった気がする。
しかもその門の上らへんに不自然なでっぱりが。
門の表面もなんか凸凹。
右、左と、この建物以外になんかないか確認。
やっぱこれ以外何も無さそう。
足元は?
少しカニ歩きすると、途中で床がぶにゃっと曲った。
もしかしてこっから先ないのか?
コウダに倣って持って来た飛び道具ーークリップーーを投げる。
落ちる音も着地する音もしない。
底が無さそう。
レジャーシートを指差し、
「これ捲るしかないね」
「そうだな」
はあ、めんどくさ。
「あと、多分そうだろうと思って聞くけど」
コウダはレジャーシートに手を掛けた。
「お前、『これで最後』とか、『総仕上げ』的なこと考えたろ」
「うん」
溜息だ。
なんで??
「『中』は入るとき数秒の、その人の考えてることや心理状態で造られる。
今迄を回想したりしてる時の『中』に入るとな。
当っっっっったり前だけど、今迄出てきた奴全部出てくる可能性大ってことだ。
お前が自分の『中』入りたいって言ったのを止めた最大の理由はそれだ」
ええ!!??
「それ先に言ってよ!!」
もう一方のレジャーシートを捲りながら毒づくと、
「考えるなって言っても無意識下には絶対あるし、普通言われたら余計考えるもんだろ」
そうだけどさぁ…。
ぶつくさしながらレジャーシートをぐちゃぐちゃのまま後ろに放り投げる。
姿を表したのは彫刻を施された黒い門。
門のための枠もあった。
そして見覚えもあった。
一番上の出っ張り。
この門、美術館の横にある『考える人』じゃんか。
「お前、狙ってんのか?」
「は?」
狙ってる??
「この門。ネタとして」
「え? 『考える人』でしょ?」
扉の上部分で空気椅子で眉間に手を置く素っ裸の男の像を指さした。
ドヤ顔した俺を見てコウダは絶句してる。
ふふ、知らないとでも思ってたのか?
これは知ってるよオレでも。
「見る度思うんだけど、アレがメインなんだからさ。
台座代わりにしたって作品よりデカい上に仰々しい扉ってさ。
高さあるし見辛いよね。
台座にも彫刻あるし」
もしかしたら扉もなんかの作品なのかな。
コウダは知ってるのかも。
でも今回に関しては、わざわざ聞く必要ないけどね。
なんてったって、俺の『中』だから。
眉間を押さえてぐりぐりしてるコウダは俺の答えが不服らしい。
ごごごごご
扉はひとりでに内側から開いてきた。
ぶつかりそうになって、二人して一歩だけ後退る。
扉の中は下り階段。
先が薄暗い。
コウダは俺の手首に紐を結んだ。
固く結べているか、いつもより念入りに確認し、目を見合わせる。
斜め前を歩くコウダに続き、階段の一段目に足を降ろした。