新説 六界探訪譚 14.第六界ー3

緑、青、銀。そして黄土色。
コーティングされた電子基板は左右に乱雑に山積みにされてる。
森はヘッドライトの光をテラテラと反射した。
通常サイズよりずっとデカイ。
はんだ付けされて基板から生えるあのトランジスタなんて、多分俺の腕くらいの長さ。
他の種々の電子部品も同じようなサイズ感。
ダイオード、コンデンサ、IC、抵抗。種類も豊富。
それらのーー俺たちが乗ってるこの電車も含めてーー上を覆うようにカラフルな銅線が網のように張り巡らされたり、断線してたり。
音が出るのかも分からないスピーカーの円盤に繋がってたり。
あっちのは液晶表示機に。こっちのはLEDに。そっちのは懐かしの豆電球に。
基板の殆どが、割れたり折れたりしてて。
壊れてるんだろう。ライトの類でも、発光してるものはない。
辺りを照らすのはあくまでこの電車のヘッドライトのみ。
「ゴミ溜め?」
「ゴミじゃねぇし」
おもちゃだもん…。
悪いかよ。
いいだろ別に。
机の上を勝手に掃除して宝物類をゴミ箱に捨てた後、俺が違うって言って戻すのを見る時の親父みたいなこと言うなって。
ちゃーちゃーらっちゃっちゃらーちゃーちゃらららららららららー
エーレッシャさんのテーマは相変わらず響き渡ってる。
ただし、
「イントロだけかよ」
言われたとおり、このフレーズが終わるとまた最初に戻る、をずっと繰り返してる。
いつもは解説役のコウダに、いつもは質問役の俺が答えた。
「だってここしか知らないから」
あれからイントロ以降を聞くほど長く居残りする機会はなく、結局謎のまま。
エーレッシャさんには悪いけど、わざわざ調べるほどの音楽ファンじゃない。
俺の中では、ここだけの曲だった。
ずっとこれなのかなーと思いはじめたところで、タイミングよく音楽が切り替わる。
今度は、あー…。思い出すわ。あのときの。
あの、セーラー服の安藤さんが日本刀持って俺を追い詰めたときの。
ハイテンポなメロディ。
穏やかなエーレッシャさんに変わって、女王様おでまし〜的な。
額の傷が疼いたりはしない代わり、嫌な記憶は鮮明に甦った。
「まもなく、旧東京音楽学校奏楽堂を通過します」
おっ、じゃあ…。
左右を見るも、別に基板が積んであるだけ。
あれー??
元通り前を向く。
もしかして…。
進行方向の線路上、真正面に建物が。
その音楽堂に掛かる『小森建設』の幕が外れた瞬間、出てきたのは音楽堂じゃなくて。
煉瓦作りのその建物の真ん中から、宇宙エレベーターの支柱が伸びている。
シューッと音がしそうな、あのときのあの模型と同じ動きで、エレベーターは上昇。
建物の前にはあの画像の中と全く同じ白衣を着て、でも多分中学生のままの。
あの画像の面子と多分同じ人に囲まれて。
弐藤さんは一人、こちらに振り返り、にこりと笑いかけた。
このまま進んじゃったら。
電車は予想通り、その人間に気遣いなどせず前進した。
突っ込む!!!
咄嗟に手摺りを掴んだまましゃがんだ。
…。
…あれ?
何も起きない。
衝撃もない。
立ち上がると正面は線路に戻ってて。
しゃがんだから変わったのか?
飲み込めないまま呆然とするうち、またアナウンスが入った。
「まもなく、東京芸大を通過します」
また正面に。
芸大の門の前にオーケストラ。
真ん中で踊るのは武藤さんだ。
全身に文字が書かれたレオタードの武藤さんは、爪先ですっと立ち、足を大きく広げて俺めがけて飛び立った。
電車の先頭ぎりぎりのところ。
落ち際、瞬き一つしない笑顔の口から真っ赤な舌が見え、喉の奥の暗さが分かる。
窓枠の下側へとその姿が崩れ落ちて。
そしてその直後、左右から体操服の有象無象が基板の丘を一斉に踏み荒らして登場。
電車の上に飛び乗り、飛び降り。
衝撃で電車が揺れる。
思わず手摺りにしがみついた。
一瞬で嵐は過ぎ。
『通過』ってもしかして、駅の横を通りすぎるようなのじゃなくて、人込みの真ん中を突っ切るときの『通過』かよ。
「まもなく、ヨイナカコーヒーを通過します」
人間とマンガのキャラが混ざったその行列。
店から出て来た佐藤は出際に行列の先頭にいたガタイのいい野郎の鳩尾に一発入れた。
次にくる奴の腹に膝を入れたあと、更にやってくる男どもの攻撃を翻ってかわし。
その刹那、俺を見て大口を開けた。
高笑いしながら向かいくる野郎どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
すべてが電車に当たって消えた。
済んだか…?
「まもなく、煎餅佐野ヶ屋を通過します」
まだか。
ヘッドライトを反射した抜き身の刀は、基板が放つよりずっと明るく俺の目に焼きついた。
黒紋付に提灯を持った一味の中心に、この額の傷をつけたあのときのままの安藤さん。
刀を俺に向かって突き出すように真っ直ぐに構え、こちらに向かって踏み込んだ。
とうとう見つけたというような笑みで。
ガラスに刀は当たらなかった。
当たるかと思ったその瞬間、窓ガラスに吸い込まれるように安藤さん諸共消えた。
「まもなく、宵中霊園を通過します」
おお! 今度は線路脇…?
いや違う。
線路が二股に別れてる。
直線上じゃないほうの線路上に、宵中霊園の入口が見えた。
その前で、川藤さんは一人、俺に向けてサイリウムを振っている。
あのときと違ってシラフっぽい。
アロハシャツで軽く笑うと、すぐ横にあるトグルスイッチをぐいっとサイリウムを持ってない方の手で動かした。
分岐の切り替え部分が動く。
まさか。
ガクン
車体は川藤さんに突っ込む方向にカーブしていく。
やめてくれ。
その場にしゃがんだ。
見たくなかった。
BGMが多少小さくなる。
それでも否応なしに耳に溜まって残っていく気がするのは俺の耳がおかしいのか。
むしろ今ほんのちょっとの間にめまぐるしく繰り広げられたダイジェストの消化を、トーンダウンした音楽で手助けしたいっていう、俺の無意識の産物か。
またそっと立ち上がる。
電車に乗ったときは積極的に見たくてこの特等席ポジションにしたけど、今や逆だ。
見たくないのに、見ないのも怖くて特等席ポジションの手摺りから手が離せない。
窓の外はまた基板だけになってた。
ただしさっきまでより壊れ具合がかなり少ない。山積みでもない。
四角い形そのままに、ぴったりと地面を埋め尽すように平らに並べられたそれら。
もしかしたらあのセグメント発光ダイオードなんて電源を入れたら点灯しそうな。
あそこに押ボタンスイッチもあるし。
どんどん正規品っぽく綺麗になってく基板は、もう森じゃなくて海。
平らで、電車の上を銅線が行きかったりもしてなくて、線路を境に左右に別れて並んでる。
そのまま、真っ直ぐ。
これで到着して、何事もなく散歩するだけで終わってくれたらいいんだけどなぁ。
そうはいかないんだろうなぁ…。
認めよう。
俺は総仕上げ的なこと考えながら『中』に入るって愚行を犯した。
自分で自分の『中』に入ろうって提案しといて…。
基板の地面はまだまだ続いてる。
でも、建物…てか住宅が何か見慣れた風景になってきた。
真っ直ぐ行って、曲がって。
霊園の『中』に入った時と同じ。
このルートだと、もうすぐ…。
「次は、相羽真宏自宅。相羽真宏自宅。終点です」