新説 六界探訪譚 12.第五界ー8

一斉に点灯した光。
それは棒のように真っ直ぐ伸びるモニュメントを照し出す。
近付くと最初のヘカテー月面計画の遺跡と同じようなウインドウが。
『宇宙エレベーター』
ここに一緒にあるはずの遺跡と同じ名前。
てことはモニュメントじゃなくて展示物か。
縮尺がある。
3:100000000 ?
ゼロが多くてよくわからん!
なんにせよ入り口にドーンとあるからには、宇宙エレベーターは月面観光の目玉の一つなんだろう。
目の前のそれに釘付けの俺と違い、コウダは周りの出入口なんかをチェックし終えたようだ。
「大丈夫そうだ。行こう」
サンキュー号が誰もいないって言ってたのが本当なら、ね。
そういや今回、未来って設定だったな。
俺の生きてる現代から700年後?
だとすると、
「今回、『中』に本人っているの?」
絶対俺とか同クラの奴等全員死んでると思うんだけどなぁ。
「いる。それだけは絶対。
意識体っていうデータ状態での存在がアリの設定だから、現代の寿命の感覚は無意味だ。
俺が生まれる前のアニメ映画でさえ自分の体を複製して生き続ける大富豪が悪役で出て来るわけだし。
そうそう、あと有名ドコロ『機械の体』とかな」
なるほどその手があったか。
「でもそんなに心配するようなことはないと思ってる。
安定してて世界観がころころ変るようには見えないし。
サンキュー号曰く、ここの施設には意識体も肉体のある観光客もいない。
肉体を持ってないんだとすると、この施設には来ないだろ。
機械の体なら直接NET接続して説明聞けるらしいし。
他に可能性として考えたのは、サンキュー号所属のかぐや観光っていう組織の元締めがニトウさんというケース。
だとしてもサンキュー号の口振りだと映像は伝わっていないようだったし、この施設はNET接続もできないということだったから」
解説あざーーっす。
だいぶ安心しましたぁ。
いきなり連行される想像も多少してただけにひとしお。
「でも、もうちょっと『中』の効果を確かにするために外を歩いておきたいし、万が一残り20分の時間を潰しきれないことを想定すると、少しでも情報は欲しい」
今更コウダの質問の深〜い意図が分かった。
そんなとこまで考えれるなんて。
でも『コウダあったまイイ!』とかってコウダに対する評価を上げるのは何となく癪だから。
年の功だな。うん。
斜め上にあるコウダの頭越しにならないようにウインドウに近寄る。
宇宙エレベーターの開発についてざっくりまとめてあった。
音声解説ってないんかな。
そう思ってウインドウを見る。
あるじゃん! 音声解説オプション!
ボタン点滅してる。
『構造』はいいや。
『出典』、『歴史』。
今いるのは『歴史』だな。
コウダの手が同じとこに伸びてるけど、俺が先に押すもんね。
えい、ぽちっとな。
バスの降車ボタンを押せなかった腹いせみたいに早押しすると、予定通り音声が流れ出した。
「宇宙エレベーターは、2036年から2041年まで、実に5年を要して建設されました」
科学館ぽい説明。
いちいち『現代』感。
ホッとするわー。
「構想自体は大変古く、1895年、コンスタンティノフ・ラスコーリノーリコフによりその自著の記載されたのが最初です。
この構想は数多のSFファンを魅了しましたが、続く100年間は、いくつもの技術課題により実現は夢とされてきました」
でも気付いてしまった。
説明聞いてるだけだと案外手持ち無沙汰。
「コウダ、ちょっと歩いていい?」
「ん? ああ、そうだな」
紐ついてるとこういう時不便だよな。
紐なしにしたいけど、あとこれともう一回で卒業なわけだし。
我慢我慢。
「これが現実味を帯び始めたのは1992年。
これまで理論上の存在でしかなかったカーボンナノチューブが井島清士により発見されたによります。
軽量で高い強度を誇るこの素材により、宇宙と地球を継ぐケーブルの建造が夢物語から有り得るものに変わりました。
当時の研究者らはこぞって計画を立案しましたが、その時点ではまだハードルが残されていました」
展示物のまわりをコウダと二人ゆっくり回るけど、どうも裏表とかはないらしい。
何処から見ても、真っ直ぐな細い棒のところどころに円盤のような形がくっついてる。
小学校のとき算数でちょこっとだけやったそろばんと似てるけど、だいぶ間が開いてる感じ。
玉メインっていうより、棒メイン。
おおっと! 動いた!
俺が軽くディスったせいではないと思うけど、唯一縦長の玉部分が動いた。
ここがエレベーターなわけか。
模型の一番下にあったそれはスーっと上がって、もう一段デカい次の円盤らへんで止まった。
「それはカーボンナノチューブの長さです。
地球上での用途には充分なものが製造できましたが、宇宙まで伸びる長さにまで伸ばすことができませんでした。
この問題が解消されるために、私達は2034年まで待つことになります」
この辺で現実は終わりで、こっから先は弐藤さんの妄想に入るわけだ。
こっから700年、どうなってんのかな。
丁度模型の周りを半周。
テクノロジーは不明だけど、こっちがどんだけ歩いても常に俺のほうに向けて展開されてるウインドウ。
たぶん説明とマッチした画像が現れてるんだけど、武藤さんの『中』の前衛的な感じの絵と同じに見えた。
この説明半周分も続くのか。だりぃ…。
のほほんとしてた俺に、よろしくない情報が入ったのはその直後だった。
「2031年、弐藤紗莉惟により、長大なカーボンナノチューブの製造に関する論文が発表されました」
『ニトウサリイ』。
記憶が間違いなければ、弐藤さんのフルネームだった。