新説 六界探訪譚 12.第五界ー7

あっさり間違いを認めたサンキュー号は言い訳がましい口調に変わった。
「実はこの遺跡群に肉体をお持ちの方がいらっしゃるの自体、記録では3年振りなんですよ。
ここ100年はめっきり…ねぇ」
年単位ぶりかよ!!
どんだけ寂れてんだこの観光地。
人っ子一人いなかった『中』に入って直ぐのあの辺。
思い起こすとまあ、納得ではあるけど…。
「物理的に実在するモノはどうしてもメンテナンスで資源と時間が嵩みますからね。
それよりは、仮想世界の基盤の方にってことで、こっちは節約ですわ。
私自身これには初搭乗ですから…」
おいおいおい…。
若葉マーク以下で外の景色が肉眼から消えるほど飛ばしたのか。
やめてくれよ…。
うっかりあの辺の岩とかにひっかかったりしてたら、俺達二人共痛みを感じる間も無くミンチなんじゃ…。
コウダもちょっと唇を噛みたそうな顔してる。
サンキュー号の軽〜い一言が比較的低リスクになってきてた今回の観光的トライに影を落としてしまった。
「ああ、運転自体は私がやってるんじゃなくて自動運転エンジンですから。
まさか意識体が運転なんてするわけないじゃないですか〜。
まあ、なんかあっても、お二人ともセルフバックアップ取ってあるでしょ。 ね?」
うおお。やっぱ軽い軽い!
てかセルフバックアップって?
ツっこみたいけどツっこんだら負けだ。
ここの住人じゃないって100%バレる。
顔を引きつらせた俺。
その代わりにコウダが縦に頷くという大嘘をついてくれたらしいおかげで、サンキュー号は疑う由もなく続けた。
「まあ、わかりますけどね。
お客さん、無重力無酸素対応のみでしょ?
強化なし、コミュツール移植なしで。
体持っててそんなプレーンとは、なんとまあ…。
『電波・振動・コミュツール発信対応なし、日本語らしき音声発話確認・日本語にて音声解説中』って、このご連絡受けた時ビッッックリしましたよホント。
余っ程人間の体お好きなんですねー。
アーカイブ呼出して終わりが主流の今時、音声ガイドとは…いやはや」
人体改造出来るのがデフォルト、ってか寧ろしてないとちょっと変態くらいの言い草。
人間の体ってのも気になる。
けどたぶんこれもスルーしたほうがいいポイントなのでスルー。
「音声言語対話エンジンも随分圧縮して、読取の遅いストレージの奥の奥にしまいこんでたもんですから、ちょっと会話しはじめがアレになっちゃいましたよ。
ああ、いや、それはまあ、ね。こっちの話ですね。
いやはや、折角来てくださったのに出だしから、もうホント、申し訳なかった、ええ」
所々意味不明だけど、要は日本語の辞書を引きずり出すのに時間かかってたから最初ニホンゴ下手でした、そーいうことね。
だんだんバスガイドからタクシーの運ちゃんっぽくなってきたな。
「じゃ、サクサク行きましょ〜」
ドアが閉まって、ばびゅんと加速して。
止まって、ドアが開く。
「こちらは旧探査本部です」
ドアが閉まって、ばびゅんと加速して。
止まって、ドアが開く。
「こちらは月初の仮想世界基盤です」
ドアの開閉と急加速急停止を何度も何度も繰り返し。
「こちらは月で初めての人間の集落です」
「こちらは旧農場です」
「こちらは資源工場です」
「こちらは肉体処分場です」
「こちらは旧牧場です」
分かるような分んないような説明を繰り出すサンキュー号。
ひたすら質問はない意味で首を縦に降り続けて応対。
でも実際は『?』でいっぱい。ボーイのくせに脳漿炸裂しそう。
遺跡群が未来過ぎるせいだ。
物理法則を完全無視ーー確か説明では月面の建築物に基準ができるまでだったとかってーーで、浮いてるのか建ってるのか謎。
見た目のインパクトが強すぎたのと、説明の単語が日常生活の単語と全く紐づかなかったのの相乗効果。
サンキュー号、悪いな。
説明はありがたい。
けど、寝ながら半分しか聞けてない授業程度しか内容は俺の頭に残ってないぞ。
移動が全部秒単位だから、あのinfomationのとこから20分も経ってないはずなんだけど。
わかんなすぎて観光案内が都バスの次駅案内の『つぎは〜です』と同じ感じに聞こえてきた。
あとはボタンを押して『つぎ、とまります』っておねえさんの声で言わせたら完璧。
「こちらは旧宇宙エレベーターおよび肉体をお持ちの方向けの月面開発資料館です」
「中に意識体はいますか? 貸切だったら降りてみたいです」
コウダが口を開いたのは突然だった。
タイムリーにボタン押す妄想が現実になった感。
えええっと…いいの? いいのか? 大丈夫なのか?
戸惑う俺をよそに軽やかなサンキュー号の声。
「ええ、ええ。貸切ですとも。
意識体はおりません。
それどころか古い施設ですからね。
ガイドも観光案内エンジンはありますが、残念ながら旧式のオンライン未接続のみで。
宇宙エレベーター界隈には展示物の一環として開業当時に配備されていた旧式AI的な案内ロボットがおりますが…こちらは…その…多少調子が…」
「壊れているということですか?」
「モノによっては…。
ちょっと言動がおかしいという連絡は過去何回か。
その…よろしいでしょうか」
すっごい下からくる言い方。
人間の体があったら多分、手元で揉み手しながら上目使いしてるだろう。
「かまいません」
コウダの返事を聞くと、サンキュー号は一転明るくなった。
「そーですかそーですか!
かしこまりましたぁ〜。
入りましたらですね、入り口で言語を『ニ・ホ・ン・ゴ』とお伝え下さい。
解説が全て日本語になりますので。
今この界隈の肉体をお持ちの観光客はお客様方のみですので、出てくるまで私は入り口でお待ちしておりますよ」
説明している間にベルトが外れ、バーが上がり。
俺とコウダが立ち上がると椅子も格納され、ドアが開いた。
「では、いってらっしゃいませ」
スロープはそのまま資料館のドアの前に下ろされていた。
ガラス張りのドア。
その向こうにさらに同じような内扉が見える。
一先ず外のドアの前に立つと、それはウィンと音を立てて横に開いた。
いわゆる自動ドア。
見なれた動きに安心したのはコウダも同じだったようだ。
まさか自動ドアが開くのを見てホッとする日が来ようとは。
入ってすぐ、ドアの上のあたりをしげしげ眺める。
「なにしてんだ?」
「え? 監視カメラとかあったらヤバイなと」
「ないから大丈夫。
自分の中で自分を常時監視するってことは有り得ないから、防犯系のテクノロジーは『中』には出現しない」
そーいう理屈ね。
納得出来たところで目の前の内扉を見ると、何か国語もの文字が書いてあった。
その中の一つは日本語。
『使用する言語名を使用言語にて口頭でお伝えください』とある。
これか。サンキュー号が言ってたやつ。
「にほんご」
ドアが開く。
吹き抜けのエントランス。
「イラッシャイマセ。ヨウコソ月面開発資料館ヘ」