新説 六界探訪譚 12.第五界ー9

「宇宙開発に関わる貨幣経済下の営利団体がバックアップしたこともあり、こぞって実証実験が開始された弐藤の研究は、わずか3年という速さでルドラ・シェジワルとの共同研究チームにより現実のものとなります。
そして2036年、遂に宇宙エレベーターの建設が開始されました」
キタコレ。
背筋凍ったわ。
けど、大丈夫ダイジョーブ。
ここには本人いないから。
だいじょうぶ。なはず。うん…。
「当初計画より1年遅れた2041年完成当初の画像がこちらです」
現れた集合写真。
写ってるのは紛れもなく弐藤さん。
将来像のはずなのに顔があんま今と違わないのは想像だからか。
その後ろの、エレベーターに垂れ幕がかかっている。
スペースW社のマークと、あと何社かあるけど。
その内一つ。
すっごく見覚えがあった。
記憶にあるのは2箇所。
一つは上野公園。
もう一つは、弐藤さんの鞄。
カタカナのコの中に杉の木みたいな木の絵が3つ。
「営利団体ではサウステクノロジー社、スペースW社、エクシオー社、TJ社ら。
国家ではインド、中国、ロシア、アメリカなどが参画しており…」
あれ〜ん? 垂れ幕そこそこでっかいのに小森建設端折られてる?
疑問に思ってたら、こそっと写真の下にテロップ。
『※3小森建設:小森建設は計画着手段階で他の営利団体と合併・名称変更し、宇宙エレベーター事業はエクシオー社に売却されていたが、弐藤たっての願いにより掲示された』
おおぉ…。ネガディブ予想か…。
弐藤さん、シビアだなぁ…。
でもあの会社そんなことしてんだ。
上野公園のここ2年くらい取れない垂れ幕と、ニュースの不祥事のイメージしかなかった。
それにだってさ。こういうおおっぴらなのって、企業の宣伝も兼ねた奴でしょ?
実際には新規事業と銘打ったリストラ勧告の追い出し部屋かもよ?
どこで覚えたか自分でも思い出せない嫌〜なオトナ発想を遮るコウダの呟きが聞こえたころには、もう正面に戻ってきていた。
「ここは弐藤さん縁の地というわけか…」
説明はまだ続いてる。
ぐるっと回って余るなんてやっぱ長いよ説明。
「1号機は当初物資輸送のみでした。
しかし、宇宙航行で必須であった大気圏突入に耐えうる機体という条件が緩和されたことで、宇宙開発の規模は一気に拡大。
ここで蓄積されたノウハウにより、2043年から45年、遂に人間の宇宙航行のための2号機が建設されます。
個人の体力という懸念がなくなり、高齢者・子供も宇宙航行が可能になりました。
また、金銭という貨幣経済化でのエレベーター利用対価が下がったことにより、社会階層のより低い階級まで利用者が拡大。
月は身近な旅行先・居住先となっていきました」
へー。
ウサギが餅つきする場所じゃなくなる予想なのね。
夢物語としてしか聞いたことないけど、俺もその内月旅行するのかなぁ。
…いや、それ以前か。
中学生で入りたい会社がある弐藤さんと、白紙の進路希望調査票を鞄の中のクリアファイルに挟んだまま次の月曜の提出日にどんどん近づいてる俺。
この差な。
月旅行どころか直近もあやふや。
「こうして可能となった宇宙航行は、その他の技術革新により、当初想定されていなかった発展を遂げます。
精神構造トレースデータ化技術により、人間は肉体を持たない意識体が主流となりました。
生身の人間を載せる想定をしていなかった1号機に意識体を載せた基盤が乗る様になったのは2080年のことです。
さらに個人体組成のトレースデータ化・人体組成粒子化保管技術、3Dプリンタによる個人体組成復元技術が確立します。
粒子化された肉体とその意識体両方を載せることで、実質的な人間の宇宙航行が、この1号機でも可能となったのです」
SFだ。
これ元ネタ科学雑誌じゃなくて小説だろ。
3Dプリンタ? 人間印刷する??
あー、そういや親父、ごく稀に3Dプリンタの依頼もあるって言ってたな。
どうしても親父があの袖口油まみれのばっちい作業着で修理する姿がチラつく。
弐藤さんの描く未来像は益々遠のいた。
「ここのエレベーター、もう稼働停止したって言ってたよな」
コウダが念押しする。
「うん」
「じゃあ、安心だな」
確かに。
理解出来たのをコウダにしっかり伝えるために、いつも以上に深く頷く。
いきなりエレベーターの下で弐藤さんが3Dプリンターに印刷されて出現するっていうシナリオが消えるもんね。
解説が終わり、中空に経路を示す赤い矢印が浮かぶ。
段々細くなって、通路になってるらしい。
どちらともなくその矢印に従って歩き出した。
両脇に展示ケースやウインドウ、3Dホログラムなど。
展示スペース兼通路ってとこか。
壁際に縁の品とか色々ある中に、弐藤さんの私物があった。
あの鞄の、キーホルダーも。
『当時を振り返るインタビュー』としてウインドウに書かれてる『今』。
しかもそのインタビューの弐藤さんは、TJ社のマークが入った白衣姿で不可解なほど冷静に回答してる。
『クラスになじめずいじめに遭っていた』。
『自分の言動が周囲から浮いている自覚はあったが、変える必要も感じていなかった』。
『理科・数学・情報といった理系科目は好きだった。読書も好きで、SF小説や思想書をよく読んでいたが国語は苦手だった』。
『購入していた科学雑誌に宇宙エレベーターの特集が組まれており、小森建設が国際宇宙ステーションにて実証実験中である旨が掲載されていた』。
『将来その研究に携わりたいと思い始め、たまたま理科担当だった担任に相談をしたりしていた』。
『辛くなった時に眺めたりした思い出の品』。
全て過去形。
…変な感じ。
今は将来、必ず過去になる。
そんな単純なことなのに、弐藤さんの『中』に入るまでそんなに考えた事なかったな。
弐藤さんがやっぱり特殊なんだろうか。
それか、いじめが辛くて、『今なんてどっかいっちゃえ!』とか思わないとやってられないんだろうか。
でも…別にいじめがなくたって。
毎日過すだけでそれなりにしんどかったりするけどな。
記憶の奥、外れないように重石までした蓋の下で、田中の『サンキューな』が弾みをつけ、その蓋をバンバンと何度も押し上げ始める。
慌てて押さえ込むために、ルドラなんとかさんーー弐藤さんの隣でお揃いの白衣のーーインタビューに目を移した。
でも読むなんて出来る心理状態ではなく。
網膜を文字という画像が通り過ぎていく。
通路の反対側に目を移すと、ロボットの解説がある。
『HAL2000』『マイク』『ロビィ』など、画像だけでも多少認識出来る字が順に並んで。
漸く知ってるSF映画の金色のですます口調で喋る人型のロボットの画像が出て来て。
最後は箱から4本足が生えたやつの画像に、『エレベーター案内ロボット』とのテロップ。
解説も出てたけどもはや見る気にもならない。
蓋への押し上げはますます激しくなっていた。
「このまま真っ直ぐいくと、その1号機だな」
コウダがちょうどいい他事をぶっこんでくれた。
よかった…。
指差す先を見ると『トロヤL4ポイント・1号機』と書かれた金属製の古い看板。
看板も展示物らしく、昔は実際外に立っていたのを劣化を防ぐため&展示目的で屋内に移したとのこと。
その上には赤いバーチャルな矢印が浮かんでいる。
『スグソコ』の文字も出てきた。
扉が開く。
その向こう側はとうとう、再びの屋外。
黒い空。
灰色の砂の大地。
それを背景に。
模型の所のウインドウで表示されていた画像と殆ど変わらない姿の宇宙エレベーター1号機はそびえ立っていた。