新説 六界探訪譚 12.第五界ー1

「コウダは本屋なんて来る事あんの?」
決行当日。例の本屋の外。
建物と建物の隙間に無理矢理男二人挟まるのはむさいことこの上ない。
思ってたより弐藤さんが来ず、入り口の監視が手持ち無沙汰になってきたころだった。
「ない。軍資金ないから」
大前提のとこだったかぁ〜。
「お前は? 本買って読んだりは?」
両腕でばってんを作る。
「フッ、だろうと思った」
くそ。また鼻で笑いやがって。
俺の反論をさせないつもりなのか特に無関係なのか、コウダの意識はすぐ現状確認に戻った。
「しかし遅いな」
「帰りに先生に進路相談してるのかも」
そういや俺もあの調査票出さないといけないんだよなぁ…。
『げんなり』する。
先生に相談するにも何を相談していいのかすらわかんない。
しまったなぁ。
理解したての言葉を使ったことによって、自分がどれだけこのタスクに嫌気を感じてるのかよりハッキリしてしまった。
それにひきかえ弐藤さんはやっぱ違うよな。
だいぶ前から足繁く恵比須の元に通ってるわけだから、もうばっちりだろう。
よっと覗いたその向こう。
壊れた自動ドアを引き戸のようにガラガラ開けた弐藤さんはそこに吸い込まれていった。
「じゃあ」
「出てきたら即、な」
お互い顔を見合わせて頷き、待つ。
前、そこで矢島と四月一日待ってる時にも見かけて。
確か入って割とすぐ出てきたんだよな。
Amezonとかで自宅に届けて貰う買い方が難しいから、大人と違って本屋に本買いに来ること自体は別に不思議じゃないんだけど。
定期的に同じ、月頭の水曜日。
雑誌かなんかだと思うんだけど、何買ってんだろ。
勝手に確信してるのは漫画じゃないだろうってこと。
そもそも今時漫画の雑誌買ってるヤツなんてクラスに一人二人しかいねぇから、他の奴だって漫画じゃないだろうけどさ。
ガラガラとまたあのドアが開くと、前屈みの弐藤さんの顔だけが見えた。
にゅっと頭がドアから出る。続いて胴体。ぺたんぺたんと一歩づつ強く地面を踏む。
大通りの車の音がうるさい。
にもかかわらず、耳に残る特徴的な足音が今にもここまで聞こえてきそう。
一歩進みながら、手に持っている雑誌を鞄に突っ込んでいる。
表紙はこちら向きになっていた。
朱色っぽい色に、灰色っぽい文字。
でも直ぐにそれは完全に見えなくなってしまって。
ぺたん
高架下に向かって歩き出す。
と思いきや、弐藤さんの小さい頭に反比例して大きい目が、ぎゅんっとこちらを向いた。
やべ。
慌てて影に引っ込む。
…おい心臓くん、急に元気になるんじゃねえよ。
完全停止してるのに一瞬にして全力疾走したみたいになった心音は、一瞬とまではいかないまでも、速やかに元の速度に戻っていく。
目ぇ合うとこまではいってなかった。姿は…?
弐藤さん、こっちに来てないよな。
コウダの唇が小さく震えた。
「…1、2、3」
コウダが再び本屋の入り口を向く。
「こい! もう角を曲られる!」
小声で力強く言ったコウダのダッシュが速い。
手動ドアの前をぎゅんと駆け抜けて、本屋の、俺達が待ち伏せしていたのとは反対の角にある道を曲がる。
弐藤さんのセーラー服の後ろ襟がはためいていた。
思いの外近くで。
前にいるコウダは手を伸ばしたら届くんじゃないかってくらい。
でもコウダの手元はその手前で、既にゲートを開いてる。
サッと穴に入りきったのを確認。
早く俺も。
弐藤さんが足の動きを突如、ピタリと止めた。
やばい。
輪ゴムで一つ結びにされた髪が、ゆっくり揺れて。
弐藤さんの耳が、目の端が俺の目に映る。
大慌てでゲートに頭を突っ込んだ。
見るのが怖くて。
やばいやばいやばい。
腕をゲートの端に突いて上体を思い切り持ち上げ、足をツッコミ滑り込む。
体から出ているのが脂汗なのか何なのか分からない。
入る前からこんなやべえのは初じゃんか。
静まれ、静まれ俺の心臓。
俯く足元は灰色っぽい砂地。
深く沈み込んだりはせず、それなりにしっかりしてる。
丁度学校のグランドに砂を撒いたような。でも表面を均したりはしてないみたい。
荒い息遣いを少しずつスローテンポにしている間に、コウダはゲートを閉じ終えていた。
いけね。足元しか見てなかったわ。
今回は天井とか、大丈夫だよな。
取り敢えずサッサッと、上・右・左、そして前後に手を伸ばす。
スムーズ。
何もないな。
前を向く。
地平線が見える。
…ちょっとまて。
さっきまで落ち着いていた心臓は再び早鐘を打ち始める。
念の為上に手を伸ばしたまま、ゆっくりと立ち上がり、仁王立ちになってみても。
両手をゆっくり左右に大きく広げて下ろしてみても。
やっぱり、何もない。
大きく息を吸って、吐く。
結果的にラジオ体操みたいな動きになってしまったけど、そんなのはいい。
それは置いといて。
予想外だ。
広い。
広すぎるだろ。
しかもコレなんだ。
漆黒の空。
でも物凄く明るい。
果てしなく続く地平線。
時折ボコボコと起伏する灰色の砂と岩の大地。
元々目が良い俺でも普段は見通せない遠くの物まで何時もよりずっとハッキリ見えるクリアな視界。
「なあ」
コウダの声がいつも以上にはっきり聞こえるような気がする。
その理由は明白で、他の音が何一つ無いから。
ニトウさんの足音とか、車のクラクションとか、電車の音とかそういうんじゃなくて。
木々のざわめきや雑踏の喧噪、人の生活音、そういう一切がない、無音状態だから。
「ニトウさん、地球人なんだよな?」
空のど真ん中に浮かぶ青に白の斑模様が入った球体。
地球では『地球』と呼ばれている惑星と同じものに見える。
それに魅入られながら。
「俺も…そう思ってたんだけど」
その自信は胸の早鐘のピークアウトとともに消えてしまいそうになっていた。