カラス元帥とその妻 1

何でこうなったのかって? こっちが聞きたいわ。
私、これでも隣国の姫だったのよ。今は違うけど。
そもそも、なんで私がこんなところにいるのかっていうのが先よね。
最初は、見合い話だったの。この間結婚した、この国の国王とのね。
私も二十六よ。そろそろ結婚しておかないと、ヤバイわって思ったわけ。
相手の国王は切れ者だって話だったし、私よりも年下だけど、仕方ないわよ。
それに、これまで途絶えてた国交が回復したっていうのを証明するのにも、両王家の婚姻はいいネタだった。
要するに、政略結婚ね。見合いしたら、ほぼ婚約確定ってやつよ。
でも、私だって伊達に姫様やってないし、生まれたときから王族なわけ。
政略結婚、ドンと来い! よ。
そ・れ・が! 見合い当日。相手の国王と顔合わせして、ちょっと話してからだったわ。国王はこう言ったの。
『私にはもう心に決めた人がいるのです』
私としたことが、思わず『え?』って声に出ちゃったわ。
『私はその人を心から愛していて』『長いこと悩んでいたのですが』『私は貴方とは結婚できない』『申し訳ない』だって。
あの国王は本気だったし、嘘はついてなかったみたいね。この間の結婚式を見れば、誰だって分かったわよね。
だから、私は国王との結婚を諦めたの。
ただ、話はそこで終わらない。
『では、国交回復を国民に示す有効な手段は、何か他にありますの?』
って聞いたの。向こうもそれが目的だから、破談になったのはともかく、そっちは…ねぇ。
国王は、何か言いかけたわ。考えがあったらしくて。流石よね。結局、どんな考えかは分からなかったけど。
どうして分からなかったかというと、そこでこの人の登場よ。
ずうっと横に立ってた、国王の側近。いきなりでびびったわ。
『結婚相手が私ではいけませんか?』
国王が一番びっくりしてたわね、多分。結構長い付き合いらしいから。
『要するに、相手は国の権力者ならよいわけですね。この国の権力の頂点は陛下。その次は、私です。曲がりなりにも私は、国王の側近ですし、確かに、いろいろと陛下には及びませんが、国交回復を示すにはそれでもよいのではないかと』
言ってることが理にかなってたのよ。おかしなことに。
だってこっちの国では、国王の側近イコール軍の元帥だから。つまり、国の裏側全部知ってる人と、別の国の王族が結婚するってわけ。
それって、すごい効果よね。人によっては、国王との結婚よりも効果的かも。
それと、ちょっと気おされたのも確か。この私が。
だって、普通言わないし、言えないわよ。国王に縁談断られた直後の姫に向かって、『この辺で手を打ちませんか』なんて。
国のことしか考えてないか、国王のことしか考えてないか。
そういうところが、私には好都合かなって思ったの。だって、政略結婚だし。
『…分かりました。では、そうしましょう』
二つ返事。私、まどろっこしいのは嫌いだから。
で、現在。
式も終わって入籍も終わって、その他もろもろ終わって。案外あっさり終わるものね。ちょっと拍子抜けしちゃうぐらいだったわ。
つまり、その側近。カジム・ファイ・クライングクロウが、私の旦那ってわけ。
これでも新婚二日目よ。
新婚旅行? そんなの行く暇ないわ。
あの人が忙しかったのは事実よ。国王の結婚式で、その後自分の結婚式。それも相手は王族。
自分の結婚式なのに、式次第よりも警備の段取りに走り回ってたわね。
だからてっきり私は、式の後に長期休暇取ってるものだと思い込んでたの。
そしたら、翌日一日だけだって言うじゃない。
『貴方はこちらの空気に慣れていない。そんな状態で出かけても、疲れるだけでしょう。しばらくは、この辺りの土地に慣れて下さい』
『そうじゃなくて、あなたは大丈夫ですの?』
『…忙しいのは、私だけではありません』
表情筋は一箇所も動いてなかったわ。ホントに体だいじょうぶかしら。
私に気を遣ったのも確かでしょうけど、なんだかイメージと違うっていうか…。
第一印象が怖そうだったもの。体格良いし、筋肉質。軍人だものね。
あと、見た目も。…一言で言うなら”黒っぽい人”ね。
黒い短髪。瞳も黒。肌も褐色。服も、ほら、この国の軍の制服、黒いから。
なんだかカラスみたい。事実、裏のあだ名は”カラス元帥”らしいけど。
そういうわけで、新婚二日目。旦那は仕事。
家には元々この屋敷にいた使用人のおじいさんと男の子、私が国から連れてきたメイド。私を合わせても四人しかいないの。
『あまり人がいないのですね』
『必要ないでしょう』
だって。そういうところは、結構私と気が合ったりして。
『でも、敬語は止めて下さい。あと、”貴方”も嫌。名前でいいですから』
『…分かった。アカエ……さん』
首を横に振る私。だって気持ち悪いわよ。”さん”付け。
『アカエ』
でも、結局昨日も今日も名前を呼んではくれないのよね。自分が私の一つ年下だから、気にしてるのかしら。
どうでもいいのに。そんなこと。