カラス元帥とその妻 2

ああ。何かしら。この沈黙。仮にも夕食。ディナーよ。ディナー。五人も人がいるのに。
私だってしゃべったわよ。最初は。でもこの人ったら、『ああ』か『いや』しか言わないんだもの。
「仕事、どうでした? 何か変わったこととか、ありました?」
「いや…別に」
煮え切らない返事ねぇ。
なのに、私の右隣に座る使用人のおじいさん(グレイという名前だそうだけど)は、少し笑ってるの。
「部下に冷やかされたんでしょう。奥さまのことで…」
グレイの笑い皺が深くなる。
へえ。そういうことか。で、それはホント?あなたが黙ってたら分からないじゃないの。
でも、グレイがこんなにニコニコしてるんだから、ホントなのね。きっと。それに、私の左隣の男の子(名前はマイケル。平凡ね)も、クスクス笑ってる。
私には、この人のどこがどう違うのか、よく分からないわ。どうやって図星を見分けてるのかしら、この二人は。
その後、食事は沈黙のうちに終わったわ。
結局、この人がまともにしゃべったのは、『いただきます』と『ごちそうさま』だけだし。
先が思いやられるわ。

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「ねえ、ヤナ。あんなにしゃべらない人もいるのね。世の中には」
ちなみに、ヤナは私が国から連れてきたメイドのことね。
「そうですね。あの方ほどの人は珍しいと思います。ただ…」
ただ…何?
「別にアカエ様が嫌いだっていうことはないかと」
「本当?」
「多分…」
ああ。ヤナも自信なさげ。
私、ダメなのよね。しゃべらない人って。今まで私の周りには皆無だったもの。まあ、おしゃべり男よりはましかもしれないけど。
夕食だけでこんなに疲れるとは思ってなかったわ。もう二度目だけど。
でも、初めてあの人が黒以外の服を着てるとこ見たかも。
結構ああいう明るい色似合うのに。嫌いなのかしら。
私が濃い色の服ばっかり着てるから、明るい色が似合う人って羨ましいのにな。
「…私、先に寝ようかしら」
あの人には悪いけど、眠いもん。
こんこんこん
階段を下りる音が響く。木製の段が、音を立てる。
国の王宮は石の階段だったから、こういう音はしなかったわね。もっとカツーンカツーンっていう、冷たい音だった。
まだこっちにきてから一週間も経ってないけど、懐かしいな。
あ、いたいた。
「あなた、私、先に床につかせてもらいます。なんだか疲れ…」
…あ。メガネだ。何で?
「そうか。じゃあ早く寝たほうがいい」
「あっと…あの…視力、悪いのですか?」
愚問よね。あたりまえじゃない。メガネかけてるんだもの。
「ああ」
またその返事。違うの。私が聞きたいのは…
「軽い近視だ。デスクワークのとき偶にかける程度だが」
微妙に間を取って不意打ちのつもり!? ああ、もう。私としたことが!
「じゃあ、何で今かけているんです?」
「それは…」
ん? 窓の外? 何で何で? しかも斜め上目線。気になる。
旦那の隣に歩み寄る。でも、私が見たいのは窓の外。旦那じゃなくて。
「あ…」
月だ。
空は曇っているけれど、わずかに顔を覗かせる月。見事な、朧月。
確かにちょっと座る位置が窓よりかな、とは思ったけど、気づかなかったわ。
横を見上げる。うわ、やっぱうちの旦那様だ。変な感じ。
「夜は冷える。その格好だと風邪を引くぞ。早く部屋に戻ったほうがいい」
「ええ。そうしますわ。おやすみなさい」
「…おやすみ」
階段。また、こつこつ上る。ベッドに入る。あ~、楽チン。
ただのくそ真面目な軍人かと思ったけど、意外と風流なのね。メガネはちょっと変だけど。
まあ、いいか。それも。