ジルコーニの表情が、ケイトクの脳裏に張り付いた。
あの青い瞳。冷たく、暗く。
「陛下、テレイア・バロッケリエールは今、隣国におりますので、調査は手間取ります」
ゼタはぜひともテレイアの調査をしたいというケイトクを制した。
窓の外は雨がぱらついていた。そのせいか、少し冷える。
「でも…どう考えてもテレイアだろ。何をどうしたのかは分からないけど…」
ケイトクはあくまでもテレイアの調査をしたかった。早く事件を解決したかったから。それが最も近道だろうと思っていたからだった。
「確かに。ですが、正直私の活動は国内限定です。隣国に何か依頼するには少々厄介になってしまいます。どうです。ここは一つ、別居中の奥方を当たってみるというのは」
ケイトクは渋面をつくった。今自分の持つ手段。それを考慮すると、やはりそれしかないのだろうか。
「…分かった。頼む」
しぶしぶ了解せざるを得ない。そういう状況だった。
「ただし、条件がある」
ここからは、ケイトクのわがままと、ある意味思いやりだ。ゼタは条件を飲んでくれるだろうか。
「…調査は明日。ゼタが直接行ってくれ」
「では、陛下の護衛はどうなるのですか!?」
「休み! 休みだ! いいな」
「でも」
「い・い・な!」
ケイトクは言い張った。
もう女性化が始まって一ヶ月半以上経過している。公示はしたし、周囲にいる者、つまりケイトクの身の回りの世話をする者たちは、すっかり慣れてきていた。それに、ケイトクの執務室に立ち寄る男は制限している。
一日ぐらいゼタがいなくても、なんとかなる。ケイトクはそう思った。
「…私は…いいですが…」
ゼタとしても、久しぶりに妻の顔を見れるので、嬉しいに越したことはなかった。ただ、ゼタはケイトクほど甘く見ていなかったが。
「じゃあ、決まりだな。頼んだぞお」
ケイトクはにやりとした。
「では、そういうことにしましょう。ただ、くれぐれも…」
「くれぐれも気をつけろ、でしょ。わかってますって」
ケイトクはウキウキとした表情を見せた。
まぶたの裏のジルコーニの瞳は、ケイトクをにらみつづけていた。
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調査当日。ゼタの代わりといっては何だが、メイドのラナが、ケイトクのそばにいることになった。
実はケイトクは一人になりたかったのだが、さすがにそういうわけにはいかなかったらしい。
昨日完全女性化したばかりだということもある。
──―――はあ~。あった”モノ”がなくなると、変な感じ。
心もとないような、逆にすっきりしたような。そんな奇妙な感覚を、夕べ一晩かけてじっくり味わったケイトクは、ついつい女であるラナをじろじろ眺めてしまいがちだった。
ラナはそんなケイトクにひるまず、いつも通りだった。
「お茶をお持ちしました」
ラナは、がらがらとティーセットの乗っかったゴンドラを押してきたメイドに一礼すると、それをケイトクの席まで運んだ。
「ありがとう」
ケイトクはラナにお礼を言った。
ケイトクはカップに口をつける。
「おっじゃましまぅす!」
「っぶはあ!!」
ケイトクは盛大に紅茶をふき出した。
けたたましく部屋に入ってきた者。
ジルコーニだった。