男性化志望者とその友人 18

「何で今更? っていうか、たった今振られたのに…」
 ケイトクは頭の中で自問自答していたつもりだった。しかし、その心の叫びは、思い切り下界へと放たれていたらしい。
 ゼタはしばらく思案してから、おもむろに言った。
「…振られたから余計に燃え上がる恋…ってやつでは?」
 ゼタにそんなことを言われるとは。
──―――はあぁぁ。恋ってやつは。
 頭をかかえてうずくまるケイトク。
「自分が分からないよ。ホント。ねえ、ゼタ。やっぱ色恋沙汰って人間おかしくなるもんなのかなあ…」
 そう。その自分の台詞から、ケイトクはある奇妙な発想を浮かべた。
──―――もしかしたら、デミアン氏がおかしくなった理由は…
 ケイトクが思いついたこと。それは、デミアンの現状をもたらしたのが、国家的策略などではなく、単なる痴情のもつれ、例えば愛人問題あたりなのかも知れない、ということだった。そうすると、ケイトクと少年兵の熱愛騒動は、全く関係のないところから出ていることになる。
 つまり、二つは別の事件である。
 ケイトクのこの着想は、この時点ではまだ、勝手な妄想であり、また、もっとも重要なポイントに達することがなかった。しかしそれは、『これまでの調査ではだめだ』ということを、明白に示していた。
「ゼタ、また事件の話に戻すけど、デミアン氏の人間関係については、何かわかってることってある?」
 ゼタは話の切り替えに少し戸惑った。この切り替えの早さが、国王たる所以とも言えるのだが、それに付き合うのは、少々骨が折れた。
「え、ああ。少し前まで、愛人がいたのは分かっています。ただ、もう縁は完全に切れたようです。他は、取り立ててなかったかと」
「じゃあ、その愛人とやらについて、少し調べてくれないか」
「はい。わかりました」
 ゼタはだんだん、自分は王宮騎士団の団長ではなく、国王の隠密のような気がしてきていたが、国王が自分を頼りにしてくれることに、純粋に好意を抱いた。
──―――でもそろそろ家に帰りたいところ。
 新妻の顔を思い浮かべ、ゼタはため息をついた。
 
 
 
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~バロッケリエール家メイドの証言~
 え、愛人…ですか。そのことに関しては…
 え、国家にかかわる問題だから? はい、…はい、言わないとこちらにもいろいろ考えがある、と。
 …は……はい、言います。
 ですから、あの、このことは、どうか、ご内密にお願いします。
 オリーブという名前の方です。
 え、苗字、でございますか? そちらは私も存じ上げません。
 金髪で、背が高くて、肉付きのいい方です。瞳は黒です。旦那様は、その瞳がお気に召したようで、よく窓がわに座って眺めておりました。
 最近は、あまり姿を見ません。
 あ、確か、そう。テレイア様が旅行に行かれた直後に行方不明になりまして。
 それきりですわ。
 奥方様は、ずいぶん前に出ていかれました。今は一人で別荘におります。
 え、ええ。奥方様はその…オリーブという方とよく背格好が似ておりましたわ。ただ、奥方様は明るい茶色の髪でしたよ。赤に近いぐらいの。
 私の知っていることはそのぐらいです。このお屋敷は広いですから、以前は手入れをするのに手一杯でした。今は…旦那様のお世話で手一杯になってしまったので、手入れもあまり出来ておりませんが…。
 あ、あの、そろそろいいでしょうか。門番の休憩時間ですし。旦那様の様子も見に行かないと…。
 
 
 
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 一通り報告を聞いたケイトクは、またも良く分からなくなってしまったが、一つだけは、はっきりした。
 間違いなく、事件の中心に、デミアンの息子テレイアがいる。
 テレイアとケイトクは、面識があった。
 しかし、その面識は、いわゆるケイトクとの玉の輿ねらいで仕向けられた少年少女の集団の一人、そして、バロッケリエールの次期継承者としてパーティに来ていたもの、というだけだった。
──―――次はテレイアか。
 本来ならば、ジルコーニに何か頼みたいところだった。
 しかし、あんなことがあった手前、ケイトクには出来ないことだ。あの一件で、ケイトクはジルコーニの隠れた顔を見た気がしていた。それはそれは冷たい、いわば”策士”の顔を。
 と同時に、そんな表情を、ケイトクに見せてくれたジルコーニが、ますます愛しかった。そして、切なかった。
──―――うわ、くっさいせりふ。
 自分で突っ込む。いつもならジルが。でも、そのジルと、以前のように顔を合わせることがあるのだろうか。
 なぜ、ジルコーニはあんな顔をしたのか。
 ケイトクは、無数の謎を手繰り寄せようとしていた。