男性化志望者とその友人 20

「おおっと、ラナちゃ~ん! 君の入れた紅茶、俺もほしーなぁー…」
 いつもと変わらない。軽い・嘘つき・女好きの、ジル。
 ラナはくすりと笑って、ゴンドラの下の段のカップを取り出した。
「あれ? 今日はゼタいないの?」
 青い瞳が、今は雨雲で見えない空を写しているようだ。
 ジルコーニは早速ラナの入れた紅茶をすする。
「やぁっぱり、ラナちゃんのが一番だよ…」
「ふふ…ジルコーニ様はメイド全員にそう言ってるってコト、知ってるんですよ」
「君には心のこもり具合が違うよ。分かんないかな。その愛ってやつが」
──―――ほんっとにいつも通りのジルだな。ああ、いらいらする。
「おりょ。ケイトク、どうした? ゼタがいなくて寂しい?」
「違う」
「あ、それとも妬いてる?」
──―――そのとおりだよ!
「違う」
 ジルコーニは徹頭徹尾、”いつものジル”だった。昨日ケイトクを振ったのにもかかわらず。
 ひとしきり与太話をして、ジルコーニは帰っていった。
 ケイトクはその話に極力あわせた。叫びたい気持ちを抑えて。
 ジルコーニがあまりにいつも通りなこと。ラナどころか、だれにでも愛想よくしゃべっていることが、いらだたしかった。
──―――ジルがいけないんだ。ジルが。
 元はといえば、自分がジルコーニのことを好きになったことから始まっている。
 熱愛騒動の噂を持ってきたのもジルコーニだ。
 バロッケリエールのことにここまで深入りしているのも、ある意味ジルコーニのせいではないか。デミアンの変調を知らせたのが、ジルコーニなのだから。
──―――あれ、おかしいぞ。
 別々の二つの事件。その両方に、ジルコーニの姿が見え隠れしている。
 あの少年兵。どこの所属だったのだろう。ジルコーニは騎士団の副団長だったから、第二分隊担当だ。まさか、そんなことはないだろう。しかし。
 あの噂。なぜジルコーニが持ってきた。メイドの誰かでも良かったんじゃないのか。
 『青い悪魔』。その言葉は、あの視線を放つジルコーニを形容するのにぴったりではないのか?
 動機は?
 ダヤン家の復興のために、バロッケリエール家が邪魔だった。
 二つの事件を結びつけたのは?
 国王自らに調査させることで、自分の無実を証明するため。
 ケイトクがジルコーニを信じて疑わないだろうという、絶対の自信。
 だとしたら。
 ジルコーニは出会ってからずっとずっと、僕を騙していたのか?
 『友達でいるのに理由がいるのか?』
 ジルはそう言った。ジルには、あったのだろうか。ケイトクの友達でいなければならない理由が。
 出会ったときには既に、そういうことになっていたのか?
『どうしてここにいるの?』
『…わからない』
 出会ったその日、もうジルは、その理由を知っていたのか? 知っていて、うそをついたのか? ”策士”ジルコーニ。
 昨日振り出した雨が、ようやくあがったらしい。雲間から差し込む日差しは、温かかった。
「おかわり、いりますか?」
「いや、いい」
 ラナは空のカップを二つ、下げた。
 ケイトクはそんなラナを覗き込んで、あの屋敷のメイドの青白い顔を思い浮かべてた。
 あのメイドも、かつてはこんなにも血色の良い顔をしていたのだろうか。あの屋敷も、もっと華やいでいたのだろうか。いつからああなったのだろう。
 いつから、こうなったのだろう。