眼帯魔法使いと塔の姫君 7

 ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「飯だ」
 魔法使いの声で、ミリーノは目を覚ました。昨夜なかなか寝付けなかったため、いつもの時間に目が覚めなかったのだ。
 ミリーノの意識がはっきりした時には、もはや魔法使いはいなかった。
 ミリーノは、服を着替え、食事をし、本も手に取らずに、窓へと近寄った。外にはただ林があるばかりだ。
 昨日の間は、自分がこの生活に慣れてきたと感じていたミリーノだが、昨夜のあの一瞬で、その考えは揺らいだ。
 知らないことが多すぎる。ミリーノは、自分の知らないことを整理してみた。

一、ここはどこ
二、あの魔法使いは誰
三、なぜ私を連れてきたのか
四、食料などの調達はどうしているのか
五、他に仲間はいるのか

 自分がいかに分からないことを放置していたかが明らかになり、ミリーノは一人で落ち込んだ。
─────昨夜の魔法使いの笑いは、私を馬鹿にしてたのかも…
 大いにありえる。というより、最も適切な解答だろう。
 監禁生活四日目。現状に慣れてきたら、次はより詳しい情報を手に入れることだろう。これが、ミリーノの今日からの指針だった。
 しかし、ミリーノには、もう一つ、やりたいことがあった。
─────もっと外の世界が見たい。
 昨夜の夜空を見て、思ったこと。それは、本で知るのと実際に見るのとは、全く次元が違うということだ。
 他のものはどうなのだろう。昼の空はどんな色なのか。町とはどんなところなのか。鳥はどんなふうに飛ぶのか。服はどんなふうに作るのか。野菜はどんなところで出来るのか。風はどんなふうに吹くのか。
 ミリーノは、これまで塔の中での暮らしに、何の不満も抱いていなかった。御伽噺の囚われの姫君たちのように、『鳥になりたい』とか、『外を見てみたい』などとは、考えても見なかったのだ。本を読めば、分かる。そう教えられていたし、それは正しいと思っていた。
 だが、一度外の世界を見てしまうと、塔にいたころ自分が考えていたことは、あまりにも軽薄だ。ますます、外を見たい気持ちは強くなった。でも。
─────でも、私はこの家の中にしかいられないんだ。
 しかも、その家の中でさえ、自由に行き来することは出来ないのだ。ミリーノは、自分が贅沢になったと感じた。これまでは、何の苦痛も感じてはいなかったのだから。
─────あの人はそうなることを知っていて、外を見せたのかしら。
 だとしたら、あの魔法使いがミリーノを連れてきた目的は、ミリーノに精神的苦痛を与えるためだということになる。半ば信用し始めているところを狙っていたとしたら、さらに悪質だ。
「…ひどい」
「何が酷いんだ」
 驚いて振り向くと、仁王立ちをした魔法使いが立っていた。
「なんでそこに…」
 思わず言葉に詰まる。
「自分の家にいて何が悪い」
「別に悪くは無いです。私は…ただ考え事をしていただけですから」
 ミリーノは今、この魔法使いの顔を見たくない気分だった。なんだか妙な気分になる。くるりと後ろを向いて、本を手にとった。ミリーノにしては、珍しい反応だ。
「別に構わんがな。お前は読むのが速すぎる。今のままのペースで読むと、あと二週間ちょっとで家の本を全て読みきってしまうぞ。もう少しゆっくり読め」
 ミリーノは無言だ。魔法使いはそのままドアを出た。ミリーノとしては、これでもかなりゆっくり読んでいるのだ。一日”六冊しか”読んでいないのだから。
 ただ、あの魔法使いの雰囲気は、ミリーノの何かを揺るがせる。部屋に入ってくると、なんだか落ち着かなかった。今日は特にそうだ。
─────あの人、ニガテ…
 ミリーノが大きな勘違いをしていることに気づくのは、これからずっと先の話。