眼帯魔法使いと塔の姫君 6

 夜になると、またいつもの魔法使いだった。
「飯だ」
 食事を置くと、すぐにまた出て行って、本と服を持ってきた。
「気が向いたら着替えろ」
 ぶっきらぼうに言うと、いつも通りドアを閉めた。
 食事を取った後、ミリーノは着替える。寝巻きと言うよりは、あの魔法使いが着ているローブに近い。大きさはかなり大きめだが、寝巻きなので特に問題は無かった。
─────でも、昼は恥ずかしかったな。
 自分のそのときの格好を思い出し、また恥ずかしさがこみ上げる。
─────あの人に見られた…
 なぜそれがこんなに気になるのか、多分、見知らぬ人間に見られたからだろうと、決め付けた。ミリーノの中に、何かがしこりとなって残った。
 
 
 
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 翌日。
「飯を食ったら、風呂に入れてやる。しばらくしたらまた来る」
 食事と本を置いて出て行く魔法使いを見送ったミリーノは、ガッツポーズした。
 魔法使いはやはり何か準備してくれたようだった。しかし、そこで一つ不安要素が出現した。どこで、どのように風呂に入るのかというところである。
─────まさかあの人が見てるところで入れっていうんじゃ…
 可能性はあった。そうだとしたら、風呂など願い下げたいのだが、準備してくれてあるのを今更断るわけにはいかない。ミリーノの不安は募った。
 ただ、今日は一つ、いつもと違うことがあった。それは、まだあの魔法使いが一度も眉間にしわを寄せていないと言うことだ。なにかいいことでもあったのだろうか。ミリーノには何の関係も無いが、なんだか自分にもいいことがあったような気になって、一人で微笑んだ。
 ガチャリ
 ドアが開く。魔法使いは何も手にしてはいなかった。
「来い」
 ミリーノは黙ってついていく。どうやらこのドアの外に出るようだった。
─────どこ行くんだろう。
 そう考え始めたミリーノの手首を、魔法使いはつかんだ。先ほど食事を運んできた時は素手だったのに、何故か今回はぼろ布越しにつかんでいる。
─────私に触るのが嫌なのかしら…
 こういう行為はあまりやられて気持ちのいいものではなかった。もしかしたら、風呂に入れと言ったのは、この魔法使いが潔癖症だからだろうか。そんなことを考えているうちに、魔法使いとミリーノはドアを出ていた。
 目の前は何も無い部屋だった。右にドアが一つ、左に二つあり、突き当りにも一つ。魔法使いは、左の一番手前のドアを出た。
 出た先は屋外だった。そのあたりの半径3メートルぐらいは、芝生になっていた。周りは木々で囲まれていて、それ以上は何も見えなかった。その中腹に、木で出来た四角い箱があり、そこから湯気が立っている。どうやらこれが風呂のようだ。
「何度も言うようだが、この家は外から見えない。当然ここもだ。じゃあ…ここに着替えとタオルを置いておく。体を洗うのはこれだ」
 スポンジをミリーノに渡すと、魔法使いはくるりと後ろを向いた。じろじろ見られることはないと分かったが、なんだか入りづらかった。
 するすると服を脱いで、親指の先からゆっくりとお湯につかる。じんわりと暖かさが染み入ってきた。全身が湯につかると、体の力が抜ける。
「ふう」
 思わず声を上げ、上を向くと、夜空には満点の星空が広がっていた。
─────綺麗…。初めて見た…
 紺碧の夜空に、輝く星。そして、時折吹く風に、木々がざわめく。何しろミリーノは夜空どころか青空さえ見たことが無い。図鑑にあるものとは比較にならない光景に、息を呑んだ。
 体を洗い終わって一息つくと、ミリーノは湯から上がって体を拭き、着替える。服はまた魔法使いの着ているようなローブだった。
─────何で下着まであるのかしら…
 湯に使って体が火照っているところに、追い討ちをかける。汗が噴出した。持ってきた当の魔法使いは、なんでもないような顔をして振り返る。ミリーノはもう着替え終わっていた。下着のサイズはぴったりだったが、そのことは余計にミリーノの羞恥心を煽る。
「あっ、あの…」
 ミリーノは、お礼を言いたいのか、下着のサイズの事を聞きたいのか良く分からなくなった。タオルで顔の汗をぬぐう。
─────やっぱりお礼からにしよう。
 ミリーノは意を決して言った。
「あの、ありがとうございます。お風呂。それに、外も見れたし…すごく綺麗で…あの、気持ちよかったし……」
 自分が何を言っているのだか、段々分からなくなっている。
「そうか…よかった」
 魔法使いは、ミリーノを見てふと微笑んだ。
─────この人、笑えるんだ。
 その日ミリーノは、なかなか寝付けなかった。本を読む気にもならず、ただあの夜空と魔法使いを思い出していた。