眼帯魔法使いと塔の姫君 4

「飯だ」
 朝食が運ばれてきた。昨日をまたリピートしているかのようだ。しかし、今日はまずこの男に聞くことがある。ミリーノは意を決していた。
「聞きたいことがあるのです。答えてくれますか?」
 男は無言だ。ミリーノはすうっと息を吸い込んだ。
「ここはどこ? あなたは誰? どうして私をここに連れてきたの? これから私をどうするの?」
「答えられない」
 ミリーノは俯いた。男はまだ無言でそこに立っている。沈黙。僅かな時間を、確かな沈黙が支配した。
「…一つだけなら答えてやろう」
 ミリーノはぱっと明るくなった。だが、どれが一番大事な質問なのか、即座に判断できない。ぐっと言葉に詰まる。
「何もないなら、もう戻るぞ」
 踵を返した。
「待ってください!」
 男が振り返る。
「…これから私をどうするのですか?」
 上目遣いで恐る恐る尋ねると、男の眉間のしわは深くなった。
「…どうもしない。時期が来たら塔に戻す」
「じゃあ、何で私を…」
「質問は一つだ」
 男はドアを出た。だが、ミリーノは一つどうしても聞きたいことが残っていたことを思い出す。まだドアが壁にならないうちに大声を出した。まだ間に合うはずだ。
「あのぉ~! ご飯はあなたが作ってるんですかぁ~!」
 その時。ドアが開いたかと思うと、男は何か唱えた。ミリーノの体は空中にふわりと浮き上がり、見る見るうちに部屋の壁に磔状態にされた。
─────嘘っ!
 ミリーノの瞳は大きく見開かれた。男はやはり魔法使いだったのだ。
「うるさい。黙れ。身動き取れないようにしてもいいのを百歩譲ってこの状態にしているのだ。今度騒いだら…」
 男はミリーノの顎をくいっと持ち上げ、睨みつけた。眉間にしわが寄った。
「本を取り上げるぞ」
 恐らく、普通の人ならば、本を取り上げられたぐらいでは、たいした打撃にはならない。しかしミリーノの場合、身体的苦痛よりも、知的好奇心を邪魔されることのほうが効果的だった。
 ミリーノは何も言わなかった。ただ、震えていた。魔法使いは魔法を解いたらしく、ミリーノの体はゆっくりと、下へと落ちた。ミリーノはそのままぺたりとしゃがみ込んだ。魔法使いはミリーノを見下ろした。ミリーノの瞬きにあわせて、涙が幾粒か零れ落ちた。
「…飯は私が作っている」
 そう言って魔法使いはドアから出て行った。
「ひっ…っく」
 怖かった。今まで実感がなかったが、あの男は誘拐犯なのだ。ミリーノはこれまで塔に閉じ込められて生活してきたため、昨日の生活と今日の生活に、それほど大きな差がなかった。どこかで、安心しているところがあったのだろう。それは間違いだった。
 ただ、魔法使いは、ミリーノの立ち直りの早さを知らなかった。ミリーノは、魔法使いが自分の質問に答えてくれたことに思い至る。
─────気難しい人なのかしら。
 それに、ミリーノに対して何もしないと言っていたが、それはどういうことだろう。つまり、ミリーノがここにいること自体に意味があるということだろうか。それとも、ミリーノが塔にいないと言うことが重要なのか。それとも…
─────私が、男を見たことが重要なのか…
 それに、磔にされた時、なぜミリーノが考えていることが分かったのかも謎だ。まさにあの瞬間、ミリーノはこう考えていたのだ。『お願いだから本だけは!』と。
 ミリーノはベッドへと移動して、ばたっと横になった。訳が分からない。
「痛ッ」
 頭に硬いものが当たった。何か角があるものだ。
─────本だ…
 そこにあったのは、ミリーノにとって無くてはならない物。本だった。しかも、昨日まで読んでいたものではない。つまり。
─────あの人が持ってきてくれたのね。
 昨日まで読んでいた本が無いことから、入れ替えておいてくれたのだろう。ミリーノは、割と優しいのかも、などと、相変わらずの能天気ッぷりだった。