眼帯魔法使いと塔の姫君 3

「飯だ」
「暇つぶし用に本が欲しいのですが」
昼食の頃合に発せられた二つの台詞の間の時間は一秒を軽く切っていた。
ミリーノにとっては切実なことだ。なにしろ朝から昼まで何もすることがない。このまま監禁生活が続くのなら、今日も明日も明後日も明々後日も先明後日もずうっとすることがないのである。
─────このままだと、暇すぎて死んじゃう…
ミリーノは朝から僅か五時間足らずで、真剣にこう考えるようになった。
しかし、相変わらず男は無言かつ無表情のまま。
「お、お願いします! どんなのでもいいですから!」
男は出て行ったかと思うとすぐ、四冊の本を抱えていた。
「静かにしろよ」
「ありがとうございます」
ミリーノは半泣きだった。よほど嬉しかったのだろう。男は眉間にしわを寄せた。そして、朝食の器を持って部屋を出て行った。
ミリーノは早速一冊を手にとった。
ペラッ
それは、魔法の歴史書だった。こんな本は、通常専門家しか持っていない。ミリーノは、先刻の自分の推理『男は魔法使いである』を、ほぼ確信した。
─────さて読むか。どれどれ…

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窓の外はもう暗くなっていた。夜の闇と月明かりが、窓から入り込む。
ガチャリ
ドアが現れ、男が部屋に入ってきた。
「飯だ」
返事がない
「おい!」
「ん~?」
「飯だと言っているだろう」
「ん~…」
ベッドの上から気のない返事が返ってくる。男はつかつかと近寄って、ミリーノの耳元で、三度目の呼びかけをした。
「め・し・だ」
「わあっ! なな、何!?」
ミリーノは耳元で大きな声がしたのに気づく。しかしそれが食事を持ってきた合図だとまではわからなかったらしい。ミリーノはもう三冊目も終盤に差し掛かっていた。読んでいたのは小説で、せっかくいいところだったため、邪魔されたことにむっとしていた。
─────だって、今ちょうど主人公が窓を開けて…
『窓を開けて』?
この部屋にだって、窓はある。窓とは通常開くように出来ている。ならばこの窓だって…。
気づくのがあまりに遅いが、ミリーノはベッドから起き上がって窓に手をかけた。
「窓は開かない。ついでに言うと、この家は外から見えないようになっているし、この辺りに人が通ることは稀だ」
男のにべもない言いように、ミリーノはがっかりした。ミリーノが振り返った時、もう男はいなかったが、枕もとに食事が置かれていることから、恐らく先ほど耳元で聞いた大きな声は、『飯だ』と言っていたのだろう。
今晩のメニューは野菜炒めとスープ、パン、あと、何かフルーツがついていた。
─────これも、あの人が作ってるのかしら。
正直言ってあまりおいしくない。朝も昼もそう思ったが、三食続くとやはり料理人の腕を疑わざるを得なかった。まあ本を持ってきてくれているので勘弁しよう。
ミリーノは再び本の続きを読み出した。ベッドにうつぶせになり、先ほどと同じ体制になる。
─────よし。で、窓が開いて…
しかし、眠くなる前に、残りの本を全て読み終えてしまい、ミリーノはまたも暇になってしまった。
そこで、ミリーノは男に聞きたいことをまとめてみた。

一、ここはどこ
二、あなたは誰
三、どうして私をここへ連れてきたのか
四、この後私をどうするのか
五、料理はあなたが作ってるの?

以上である。五以外に答えてもらえる可能性は皆無だ。しかし、ミリーノには文字通り死活問題である。なんとしてでも答えてもらおうと決意して、眠くなるまでまた最初に読んだ本を読み返すことにした。
─────魔法使いはぁ…
ミリーノはそのまま眠りに落ちた。