眼帯魔法使いと塔の姫君 31

 ミリーノは思い出したようにポンと両手を叩いた。
「そうそう。メアリさんから預かってたものが…確かこの辺に…」
 ミリーノはそう言うと、いきなりネグリジェのすそをめくり始めた。ラムダは慌てて自分の欲求を押さえ、目線を逸らした。
「はい、これ」
 ミリーノが後ろに渡したものは、魔法使いの手記だった。
「これは…」
「捜査のため押収したんだって」
 ラムダはメアリに大きな大きな借りを作ったことを再認識した。そしてさらに、ミリーノがおずおずと言い出した。
「あのね、すっごく差し出がましーのは分ってるんだけど、言うね。私、思うんだけど、その…『純潔なる乙女より~』ってくだり、実は単なるなぞかけなんじゃないかなと…」
「なぞかけ?」
 ラムダの声が、研究者のそれに変わる。
「だからね、『純潔なる乙女』が、後ろの文の比喩で、『純潔を奪いしとき』っていうのは、『後ろの文から”純潔”に使われている文字を取り除いたとき』っていう意味なんじゃないかなって。文にかかってる魔法は、解読に関係ないところに使ってある…って、どおかな?」
 ラムダは慌てて手記を開いた。
「はは…そうらしい」
 自嘲的な笑いを漏らす。”純潔なる乙女”を手に入れるために、塔の姫君を誘拐した自分は一体なんだったのだろう。ラムダは三百年前の魔法使いにまんまとしてやられていたわけだ。
 恐らくその魔法使いはこう考えたのだ。自分の手記のこの部分まで読み進められるのは、相当の魔法使いのみ。だとしたら、ここまで魔法を駆使して解読してきたのが、突然言葉の問題に切り替われば、発想の転換が出来ず、解読不能になるだろうと。
「この魔法使いは相当厄介な性格だったようだな。書き残しているというからには、読んで欲しいはずなのに、わざと読めないようにするとは」
 後ろで頭を抱えるラムダに、ミリーノは笑いかけた。
「でも、私達これのおかげで出会ったのよ? だったら、いいじゃない」
 ラムダは悔しい気持ちを容易に消し去ることが出来た。
「もう一つ、いいこともあったしな」
 ミリーノは首をかしげる。
「今回の召喚には私の魔力では少し足りなかった。魔力許容量越えという奴だ。おかげで少し魔力が減ったようでな。前よりも…他の生き物の声が聞こえなくなった。ここらだと鳥が結構いるんだが、半径一メートル半ぐらいの分しか聞こえない。眼帯をすれば体が接触しても意識が伝わることはないだろう」
「え?」
 ミリーノは少し残念そうな響きの返事をした。
「眼帯をはずしたときこの距離に入れば、ほとんど状況は変わらないがな」
 完全に二人の世界に浸っているのを苦々しく思いながら、炎龍は空を飛ぶ。
 足元にはただ緑。遠く向こうに真っ青な海。上には空の青と雲の白。その中を、真っ赤な一点が、駆け抜ける。
 そして、二人は国境を越えた。