眼帯魔法使いと塔の姫君 エピローグ

「私と結婚してください! …まだちょっと早すぎるわ。う~ん、じゃあ…付き合ってください! …いまさらよねぇ……」
 メアリ・ラ・デストロは、役所の出口付近で奇怪ともとれるうめきを上げていた。
 あの事件の後、メアリは能力不足と管理不行き届きにより解任され、国外退出不可と首都追放を食らっていた。ここにいられるのも、今日で終わりなのだ。
 その前に、ミリーノに言った計画を実行しなければならなかった。
 役所のすぐ脇に植わっている木に向かって、その練習をしているのだ。なにせ今日しかチャンスはない。アレだけ大きなことをやってのけたのだから、告白ぐらい簡単だ。
 そう思い込むのは、かなりの苦難だ。本音をいうと怖気づいていた。
 告白されたことは幾度となくあるメアリだが、自分のこととなると話が違う。
「ええと…う~んと…やっぱりシンプルにするべきかしら。あなたが好きです! これはシンプルすぎよね。じゃあ…」
「なに一人でぶつぶつ言ってんだ、メアリ」
 メアリはこのとき、もはや頭がいっぱいだったのだろう。振り返ってこう言った。
「あんたに好きだっていう練習してんのよ!」
「え?」
 沈黙。
「あ…ぁ…」
 もう後戻りは出来ない。メアリはただ俯くだけだ。あの事件の相方、ヴァン・クジャニーロはしばし無表情にそれを見つめた。
「あの、あ…あたし、今日で…最後だから…だから……いわなきゃって…もうこれで…バイバイだからっ…」
 赤くなって半泣きのメアリなどめったに見れるものではない。幸い周りに誰もいなかったからよかったものの、誰かいたらえらい騒ぎになっていたことだろう。
「それ、本気か?」
 メアリは動かない。小刻みに震える肩が、その肯定を伝えていた。
 ヴァンはメアリの前に一枚の紙を突きつけた。
 メアリはゆっくりと顔を上げて、その紙の一番上に書いてある太い字を読み上げた。
「こ・ん・い・ん・と・ど・け」
「俺と結婚してくれ」
 ヴァンがほんのり桜色に染まる。いつも一文字に結ばれた口が、このときばかりはへの字になった。だが今度はメアリが聞き返す。不安げに沈んでいた。
「あ…あたし…都に入られないんだよ。ヴァン、仕事どうするの?」
「元々特務課はあまり都にいない。家を移したところでそんなに仕事に支障はない…はずだ。ちっ、お前に先越されるとは思って無かったよ」
 ぽりぽりと頬を掻くヴァン。メアリは泣き出した。
「お、おいおい。泣くなって」
「ふええええ」
 メアリが再び王宮魔法使いとなるのは、二年後、国王が変わってからである。
 隣国との国交が回復し、隣国の王宮魔法士マルコ・ラムダに対面することになるのは、さらにその一年後である。
 このような未来は、まだ知る由も無い。
 ただ、今二人にあるのは、幸多い未来への希望と予感。
 そして、隣国に移ったあの二人もまた、同様の予感を抱え、一歩ふみだすのだった。