眼帯魔法使いと塔の姫君 30

「マルコのばか」
 処刑場を飛び立ち、高い高度を維持しながら飛ぶ龍の上で、ミリーノ自分の後ろにいるラムダに言った。
「仕方がないだろう。あの状態で助かるには、混乱を引き起こし、隙を突いて一気に逃げ出すしかない。最良の方法が、これだったんだ」
「だからって炎龍じゃなくても!」
 そう。今、ミリーノは炎龍に乗っているのだ。
「炎の中で呼び出すんだ。他のじゃ呼んでも来てくれまい。それに、誰も見たことがないから、”混乱”という面で最も効果的だったし」
 ミリーノは相変わらずむすっとしていた。どれだけ心配させられたと思っているのか。
「悪かった」
「ばか」
 今回ばかりはミリーノが優勢と見えたが、ミリーノは後ろで嬉しそうにするマルコにますます腹を立てた。
「なによ。何がそんなに嬉しいの? 私が…」
「…私が嫌いか?」
 耳元でラムダの声が聞こえた。少し息がかかるのが、こそばゆかった。
「眼帯してないのなら、分るでしょう。私が考えていることぐらい」
「ミリーノの口から言って欲しいんだが」
 ミリーノはもごもご口篭もる。ちいさなちいさな声で答えを出すと、ラムダは突然ミリーノを抱きすくめ、ミリーノは体を硬直させた。
「ちょ、な、何?」
「もう我慢はしないことにした。する必要もないしな」
 そのままミリーノの首筋にキスをする。ミリーノがキャッと声を上げて逃げようとするが、ラムダの腕はミリーノを逃がさない。
「え! や、ちょっとぉ」
「その格好は犯罪だ」
 ミリーノは自分の服を見直し、ラムダの言を理解した。
 ミリーノは白いネグリジェ一枚。それも、龍に跨っているせいで、ふくらはぎからひざのすぐ上辺りまで、完全に露出していた。
 真っ赤になりながら、ミリーノはラムダを止める。
「ちょっと待って! 物事には順序ってものが…」
「普通の順序だと、”出会い”、”付き合う”、”キス”…”同棲または結婚”というふうに進むんだろう。私達の場合、出だしが”同棲”だったわけだ。つまり普通とは逆の順序。だとしたら、”同棲”の次は」
 くつくつと笑うラムダ。
「じゃ、じゃあ、これから普通に戻そうよ。ね!」
 その言葉と同時に、ラムダの腕がすっとミリーノからほどかれる。ミリーノは腕の温かさがなくなることに不安を覚えた。
「ミリーノ」
 急に改まるラムダ。ミリーノは不思議でならない。
「あなたが好きです」
 順序を戻そうとは言ったが、ここまで基本に立ち戻るとは。ただ、ラムダから言われるとは思っていなかった言葉に、ミリーノは胸を熱くした。
 そっと後ろに手を伸ばし、ラムダの腕を取った。
「私もマルコが好きです」
 ラムダはこのときもちろん炎龍が何を考えているのか知っていたが、全く無視していた。炎龍の言う事を聞いてこのチャンスを逃すほど、馬鹿ではない。
 ちなみにこのとき炎龍はこう思っていた。
─────そういうことはわしの上を降りてからやってくれんかね。