眼帯魔法使いと塔の姫君 29

 自分を取り巻く炎の中で、ラムダはゆっくりと辺りを見回す。炎の制御には成功した。眼帯も上手くはずすことが出来た。後はもう”アレ”を呼び出すだけだ。
 ラムダには、国王の傍の席にいるメアリがメアリでないことなど、とっくにお見通しだった。あの不安げな表情。メアリは絶対に見せないものだ。
 こんな状態になった自分を心配するのはただ一人。ミリーノだ。
 ラムダは恐れていた。ミリーノが自分に好意を寄せていることに。そしてそのことが、自分の何かを壊してしまうのではないかと。
 もうそれが壊れてしまった今、恐れるものはない。
 さあ、ミリーノに言おう。もしも召喚にしくじったら、二度と会えないミリーノに、自分が存在した証をやろう。伝わるだろうか。ミリーノとの距離は、眼帯が外れた状態で意識が伝わった事のない場所だった。
─────ミリーノ!
 ミリーノが上を向いた。
─────聞こえているな。一度しか言わんぞ。
 ミリーノはそのままラムダを凝視する。恐らくその姿すら判別しがたい距離にあるのに、何故か真っ直ぐに自分の目を覗き込むミリーノに、思わず微笑んだ。
─────お前に私の苗字をやろう。今日からお前はミリーノ・ラムダだ。
 
 
 
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─────嘘…
 苗字をやる。それはつまり。
 ミリーノは呆然としていた。自分の感情がつかめない。嬉しいのか、悲しいのか。その感情は、程なく決定した。そんなことを言ってくるということは、ラムダが生き延びる可能性が低いということに他ならない。
 悲しみ。それがミリーノを覆う。
 走ってくる人影が三つ。本物のメアリが到着した。
「国王陛下! そいつは偽者です!」
 メアリが叫んだ瞬間、ミリーノの皮膚が波打ちはじめる。
「マルコのばかあああああ!」
 ミリーノの心は声に出ていた。
ミリーノは見る見るうちにその形を変え、もはやメアリではなくなっていた。
 ウロボロイゼンは来賓席を向く。国王のギョッとした顔は、横に立っている側近にとって一生忘れられないものになった。
 ヴァンは咄嗟にミリーノにつかみかかった。
「だ、誰だ! 貴様!」
 ミリーノは押さえつけるヴァンを振りほどこうとする。
「いやああああ!」
 もうミリーノは理性まで消し飛んでいた。
─────マルコマルコマルコ…
 頭の中で、これまであった出来事が走馬灯のように駆け巡る。
「誰か! この女を捕らえろ!」
 ウロボロイゼンは、実の娘とは知らず、ミリーノを取り押さえるよう指示する。
 死刑囚の炎といい、この事態といい、もはや処刑場は完全なパニック状態にあった。そして、ミリーノが取り押さえられる寸前に、それは起こった。
 ゴゴゴゴゴゴ…
 地面が揺れている。取り押さえようとした者たちは、突然の振動に慌ててふんばって体を支えた。ヴァンも例外ではなかった。
「あっ!」
 ヴァンが体勢を崩した一瞬をついて、ミリーノは駆け出した。
 起き上がったヴァンが見たのは、この世のものとは思えない光景だった。
 駆け行くミリーノの向こうで、炎の中心からすり鉢状に地面がえぐれていっている。その動きは、地面に這うように広がった炎の端で止まり、中心付近は砂埃で何も見えなくなっていた。
 ゴオッという音とともに、明らかに異質な真紅の炎ですり鉢が満たされる。
 ミリーノはすり鉢のふちまで後一メートルというところで制止した。
─────迎えに来た。乗れ。
 ヴァンは確かにマルコ・ラムダの意思を聞いた。
 炎が晴れて。
 そして、ヴァンは飛び立つ真紅の龍を見た。
 ミリーノとラムダは、どこにもいなかった。