眼帯魔法使いと塔の姫君 28

 ごうごうと燃え盛る炎を、ミリーノは国王に程近い席から目の当たりにした。初めて見る自分の父親より、炎とそれに包まれていくラムダのほうがよほどミリーノの脳裏に焼き付いていった。
 このままラムダは本当に死んでしまうのではないか。策など何もなかったのではないか。ミリーノはそういう懸念に囚われ始めた。
 すぐ隣では、ヴァンが汗だくになっていた。恐らくこの人物も、ミリーノと同じ気持ちなのだろう。
 ついにラムダの全身が炎の中に消える。もはやラムダであるとは、ミリーノの位置からは判別できなくなった。黒い物体が、真っ赤な炎に包まれている。それは灼熱の中にあっても、身動き一つしなかった。
 そして、群集のうめきがピークに達したとき。ミリーノはあることに気づいた。
─────服が燃えてない。
 炎に包まれた”黒い物体”。妙だ。
 ミリーノの勘は的中していた。
 炎はラムダの体を取り巻くに飽き足らず、その範囲を広げた。その時点で、ミリーノ以外の全ての人々も、異常なこの事態に気がついた。
 炎は天に上らなかった。それは受刑者の足元から、徐々に地面を這うように広がっていった。
 うめきはざわめきに変わった。
 ひときわ大きい、ミリーノに耳慣れた声が脳裏に響く。その声は耳から入っているのではなかった。ラムダの眼帯が取れていることが悟れた。
 ラムダは今、ここにいるどれだけの人の意識を抱えていることだろう。処刑以上の地獄の中で、ラムダは意識を発している。その事実は、ミリーノの涙腺を緩ませる。
 声は周りの人にも聞こえていたようだ。ざわめきが驚愕の悲鳴にとってかわるが、それでもラムダの声ははっきりと響いていた。
─────ミリーノ!
 それは確かに、ミリーノに向かっていた。
 
 
 
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 そのころ塔の内部では、メアリが最後の策を弄していた。
─────よし。
 鼠から人間の姿に戻り、すうっと息を吸い込む。そして。
「だれかあああああ! あたしをここから出しなさいよおおお!」
 がんがん扉を叩く。
「だーしーなーさーーーーい!」
 ものの三分で、メイドが駆けつけた。ドアを開ける。そして、メイドは息を呑んだ。たった今テロリストの処刑に立ち会っているはずのメアリが、塔の中から現れたのだから。
「どこから入ったのですか! 処刑に立ち会っているのでは…」
「ええッ! もう始まってるの!? 今日何日? 処刑早めたの?」
「え? 予定通りの日程ですが…」
「嘘!」
 メアリの顔色を見て、メイドは青ざめた。
「姫様は…」
 メイドは夢中でベッドに駆け寄る。もぬけの殻。ベッドには確かに人の形のくぼみが出来ているが、そのくぼみにふれると、ひやりと冷たかった。
「…あ…あ…まさ…か」
 メイドは崩れ落ちた。
 メアリはドアを出る。
「ちょっと、どうなってるの! あたしはここにいるのに、何で処刑が始まってんのよ!」
 いきなり突っかかってくるメアリに、騎士はしどろもどろになった。すぐ前列の魔法使いは、きょとんとした顔だ。
「デストロさん、僕ら昨日あなたがヴァンと一緒に帰るところを見たんです。あなたはだれですか?」
 メアリは魔法使いに怒鳴りつける。
「このメアリ・ラ・デストロを忘れるとは、いい度胸してんのね、カマドウマ! 今度ホントにカマドウマにしてあげるわ! それにだいたいあたし、こんなとこに来たことないわよ!」
 魔法使いはこの台詞で本人だと確信した。なぜなら自分のことをカマドウマと呼ぶのはこの世でメアリただ一人なのだ。(もちろん本名ではない。メアリに初めて届け物をした品物がカマドウマの羽だったというだけの理由で、もう四年もそのあだ名だった。)
「どういうことです?」
 メアリはヒステリックになった。
「だから! 帰り道で後ろから殴られたのよ! 気づいたらここにいたの。もう四日も経ってるなんて…最悪!」
 その場にいた見張りと戻ってきたメイドは一斉にメアリに注目した。
「じゃあ、いま処刑場にいるのは…」
「真っ赤な偽者よ!」
 メアリとその騎士、魔法使いの三人は、処刑場へと駆け出した。
─────メアリ様一世一代の大芝居、上手くいってるかしら…