眼帯魔法使いと塔の姫君 27

 王宮脇の広いスペース。そこは遥か昔から存在する公開処刑場だ。久しく使われていないそこに、今日、真新しい鉄柵が張り巡らされた。
 テロリスト、マルコ・ラムダの処刑。スペース中央にそびえる十字架と、そこに括り付けられた黒いローブ、黒髪、眼帯の人物こそ、その人だった。
「クジャニーロ。デストロはまだかと、陛下はおっしゃっておられる。どうした」
 国王ウロボロイゼンの言伝を伝える側近が、蒼白になって近づいてくる。
「分らん。ちょっとあいつの家まで呼びに行って来る」
 計画通りにメアリの家に向かうヴァンを、側近は不安一色で見送った。
─────無理もない。
 ヴァンは国王の表情を見やった。少し怒りの影が差しているのが、遠めにも分かる。
 ここ数年で、国王の側近は十三人目に突入していた。そのほとんどが、些細な理由で国王の逆鱗に触れ、良くて国外追放、大抵は打ち首になっている。巷では『国王は乱心している』と噂されていた。
 隣国との理由なき諍いにも見て取れるこの国の迷走は、もはや手の施しようがない域にある。おそらく国民の大半がこう願っていることだろう。『老齢の現国王が死んで、王子が即位してくれれば』と。
 ヴァンはメアリの家のドアを叩いた。
「用意はいいか」
 メアリの姿で、ミリーノは頷いた。
 今、メアリはあの塔で最終工作の真っ最中。自分にミスは許されない。その事実は、ヴァンの心臓を締め付けた。
「…大丈夫ですよ」
 ミリーノは言った。その顔は不安を秘めながらも穏やかだった。
「行きます」
 ヴァンは、きっと前を向いて自分の横に立つミリーノに、メアリにはない強さを感じた。
 
 
 
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「遅い」
 ウロボロイゼンの怒りは、間もなく頂点に達しようとしていた。
─────あれを早く燃やしてしまいたい。
 ウロボロイゼンは、目の前の魔法使いの処刑風景を見たくてうずうずしていた。そこには自分の娘ミリーノを連れ去ったことへの怒りはない。ただ、自分の威信を傷つけた者に対する制裁欲。それだけだった。
 しばしば顔を合わせる息子ですらさして愛情を感じないのに、まして一度も顔を見ていない娘など、ただのモノにすぎない。国と自分の威信にかけて、『塔の姫君』の伝統は守らなければならないが、娘はそのための道具だった。
「ハヤクシナイカ」
 毒々しい口調に変化した国王を見て、すぐ脇に控える側近は、ますます青ざめていく。
─────癇に障る顔だ。
 いつもビクビクと怯えて、自分に命令しなければ何も出来ない小人物。ウロボロイゼンはそう評価していた。その怯えの元凶が、自らの行為によるものだということは、全く目に入っていなかった。目に入っていたとしても、棚に上げていただろう。
 王宮魔法使いが時間ぎりぎりになるのはいつものことだ。ウロボロイゼンは今の王宮魔法使いのそんなところが大嫌いだったが、生憎魔術大国たるこの国家の中で今最も力が強いのが、今の王宮魔法使いだった。無論磔にされている男を除いて。
 磔にされているこの魔法使いには、他人の思考を読む能力がある。先代はそのことを隠そうとしていたが、ウロボロイゼンには分っていた。
 だからこそ、あの男を王宮魔法使いにしなかった。そんな危険人物を、国王の傍に置くわけにはいかない。今の王宮魔法使いは、その事に気づいていないようで、もっぱら先代の罪のせいと考えている。
─────今の王宮付はいい魔法使いだ。金さえ積めばいい。
 この国で自分以上に金を出せる人間はいないことを、ウロボロイゼンはよく分っていた。なぜならそのために、自分の言いなりにならない有力者を軒並み潰しておいたのだから。
 側近が走っていき、汗をたらして戻ってくる。ウロボロイゼンにはその汗一滴すら、不快極まりない汚物に思えた。
「ただいま王宮魔法使いメアリ・ラ・デストロが到着いたしました」
 王宮から運ばせた場違いな王座に腰掛けるウロボロイゼンは、にやりと口元を綻ばせたかと思うと、その口から掠れるような呻きを発した。
「始めろ」
 側近が右手を高らかに掲げる。
「火を点けよ!」
 一人の騎士が、十字架の足元の藁に松明を放り込んだ。
 うおおおおお
 メアリとヴァンが所定の席に着く前に、鉄柵の周りの野次馬達が叫びを上げる。それは歓喜とも悲痛とも取れ、国の破綻を象徴するかのようだった。
 いかめしい甲冑に身を包んだ騎士が、剣を正面に突き出す。