眼帯魔法使いと塔の姫君 26

「あなたは、これからあたしの振りをして外に出なくちゃいけないわ。あと十分後にメイドが来るから、その前にはドアを出てね。外に出たら、騎士、魔法使い、騎士の順番で、見張りがいるから、『ご苦労様』って一言言って通過すればいいわ」
 唖然とするばかりだ。
「要するに、あなたは私をここから連れ出そうとしているのですか」
「そうよ。あたしはここに残るから。外に出てからは、外で待ってるヴァンって男に聞いて」
「あの、あなたは…」
「あたしはラムダの孤児院仲間。それに恋する乙女の味方よ」
「何でここまでしてくれるんですか?」
 それが、一番の謎である。おそらくはラムダと同じ孤児院出身なのだろうが、だからといってミリーノまで連れ出す意味はないのではないか。ラムダがミリーノのことを思ってくれているのならまだしも、そんなはずはないのだから。
 この勘違い屋ミリーノを見て、呆れ顔のメアリだったが、メアリにも実は別の目的があった。
 ミリーノは、塔の外に出たがっているのではない。生まれてこの方塔で過ごし、外への憧れはさぞ強かろうと思っていたのに、初めて会ったときも、外に対する未練はあまり感じられなかった。
 ただ、一点。ラムダに会いたいだけ。そんな一途なミリーノが、メアリは好きだった。そして、そのミリーノにを助けることに、自分の願掛けをした。
「あのね、もし、もしも…成功したらね…好きな人にちゃんと言おうと思うの。す…す…『好きだ』って…」
 メアリは珍しく本音を言った。久しく血の上っていなかった頬に赤みがさす。それもすぐに消えた。
「そういうことっ! …YNkl…──────!」
 メアリは煙を上げた。煙が去った後、目の前にいたはずのメアリはいなくなった。ミリーノは慌てて辺りを見回す。
「ここ、ここ!」
 ミリーノの足元。深緑色の鼠が、ちょこんと座っていた。
「じゃ、がんばって。恋する乙女は何より強いわ」
 とくに経験があるわけでもないが、メアリは自信たっぷりだった。
 ぎぎぎぎ…
 ミリーノは塔の扉を自ら開いた。
 
 
 
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 ヴァンは気が気でなかった。本当にメアリの計画でいいのか。騎士の一人と世間話をして何とか神経を保っていたが、ついぺらっと喋ってしまいそうだ。だからといって喋らないでいると冗談抜きで気が狂いそうだった。
「ご苦労様」
 騎士に声をかけて出てきた深緑色の髪で黒いローブを着た女に、ヴァンは駆け寄った。
 女はコクリと頷いた。ヴァンはこれが塔の姫君だと確信した。
 二人は適度な距離を保ちつつ、塔を離れた。
「話はどれぐらい聞いてる?」
 塔を離れ、メアリの自宅に入る。ヴァン自身、まだ三度目だった。
「これからのことは、あなたに聞けって」
「…分った。とりあえず、そこに掛けて」
 ミリーノは席についた。ヴァンが紅茶を用意する。ラムダの家にあったのとは別の銘柄だった。
「明日の十時から、処刑が始まる。つまり、ラムダに火がつけられる。俺とメアリはあんたの誘拐事件を捜査していた身だから、特等席で見物できるはずだ。それに、出席してもらう」
 特等席で見物ということは、それなりにあいさつやらなにやらあるのだろう。その間ずっと芝居を続けなければならない。そんな演技力が、ミリーノにあるだろうか。いや、ない。ミリーノの額に脂汗が浮き出た。
「思いっきり寝坊したということにして、時間ぎりぎりに向かうことにする。筋書きとしては、メアリがあまりに遅いので、俺が家まで迎えに行く。さらに寝起きが悪いから、到着した時には、既に十時になろうとしている。すぐに刑が執行されるだろう」
 ミリーノは胸をなでおろした。が、新たな不安が湧き出る。
「あの…マルコはどうやって逃げ出すのです? それが出来なければ…」
「お仕舞だ」
「そんなっ!」
 ミリーノはテーブルを叩いて立ち上がった。頭に血が上るという感情を、初めて感じた。
「落ち着け。メアリが言うには、ラムダが取る方法は一つしかないらしい。それがなにかは、俺も知らん。あいつ曰く、いざという時本当に知らないほうが、何かと好都合なんだそうだ」
 ヴァンは幾分皮肉げに答えた。ヴァンとしては、メアリが自分に情報を与えなかったことに、少し腹を立てていた。
「俺のこと、信頼してんだかしてないんだか」
 話を聞いて、ミリーノの温度は下がってきていた。ミリーノは答えた。
「信頼してると思いますよ」
 思わぬミリーノの反応に、ヴァンは目を上げる。
「教えなくても、やってくれるって、思ってるんじゃないですか? メアリさんは。それってすごい相手のこと信じてないと出来ないことだと思いますよ」
 ヴァンははっとした。メアリがなぜ助けたいと思ったか、分った気がした。
「じゃ、今日は眠ろう」
 そういったものの、すやすやと眠るミリーノをよそに、ヴァンはその日一睡も出来なかった。