眼帯魔法使いと塔の姫君 23

 メアリ・ラ・デストロは、今、ヴァン・クジャニーロの元へ向かっていた。風になびく髪はさらさらと爽やかで、道行く男の結構な数は、振り向かざるを得なかった。
 しかし、皆この人物を知っているため、声はかけない。
「ヴァン、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
 役所の一室、特務課のある席に、ヴァンは座っていた。
「お前の頼み事か。怖いな」
 正直な気持ちだった。メアリ・ラ・デストロ。またの名を『相棒殺しのメアリ』。
 王宮魔法使いのこの人物。仕事をする際に組んだ職員全員に、『二度とご免だ』と言わしめるほど、困った性格の持ち主だった。
 その原因は一つだけ。単独行動である。相棒となった人物に「~をするから」と、一報はするのだが、その相棒が了解する前に事が進んでいる。これまで王宮魔法使いが出張る必要のあった事件の全てが、ことごとくこのスタンドプレーによって解決しているのだが、相方としてはいい迷惑である。
 事件がめでたく解決しても、メアリの行動のせいで、始末書の嵐となる。しかも、当のメアリはデスクワークが大嫌いで、いつのまにかいなくなっているとくる。
 特務課職員でメアリと組んだことがないものは、若手のヴァンしかいなかった。そしてヴァンは実際、今までにないほど、メアリと上手くやっているのだ。『どうやってあのメアリに一服盛ったんだ』と言われるほどに。
 そして、今。メアリは初めて相棒に頼み事をしに、わざわざ特務課まで出向いている。周りにいる人間は、二人をいぶかしんだ。
「ちょっと来て」
 メアリに連れて行かれるままに、ヴァンは外に出た。
「あのね、明後日、処刑があるでしょ、ラムダの。で、その日までに塔の姫君をもっぺん外に連れ出したいの。ちょっとそれに協力してくれない?」
「馬鹿」
「お願い!」
 全く信用できなかった。
「それをしなければならないっていう理由は?」
「ラムダの処刑を見に行かせてみたいと」
 きっぱりと言い切ったメアリに、ヴァンもまた言った。
「説明になってない。そもそも、塔の姫君なんだぞ。外出なんて、ダメに決まっとろーが」
 首を一、二度横に振って、すぐに踵を返す。メアリはため息をついた。
「分ったわ。もう頼まない」
 メアリもまた踵を返して、ラムダのいる拘置所へと向かった。
 ヴァンは立ち止まって、メアリの後ろ姿を見つめた。
 
 
 
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 ごおんという重苦しい音とともに、部屋の扉が開いた。つめたい灰色の壁に囲まれたその部屋に、マルコ・ラムダは座していた。両足に鉄球が付けられ、手はもちろん後ろ手にされていた。
「どう? 調子は」
 ラムダはメアリを一瞥すると、そのまま面を伏せた。眠っているのか起きているのか全く分らない。
「今しがた、塔の姫君のところへ行ってきたわ」
 ラムダの肩がピクリと動く。
「中々可愛いじゃない。彼女」
 冷笑とも微笑みとも取れる顔で、メアリは立ったままラムダの頭に視線を落とす。ラムダは微動だにしなかった。
「あの子、全然本読まなくなったんだって。それに、私が見た限りでは、かなり顔色悪かったわ。食事もあんまりとっていないそうよ」
 しばらく黙っていたが、ラムダは重い口を開いた。
「ストレスが溜まっていたんだろう。私にはどうでもいいことだ」
 メアリの目線の温度が、一気に絶対零度近く下がる。
「そう。じゃあ、ちょっと耳に入れておこうかしら。今ね、ちょっとした計画が進んでるの。あんたの処刑をミリーノちゃんに見せようっていう」
 ラムダが突然立ち上がった。メアリの胸倉をつかもうとするが、メアリが金縛りの術をかけるのが、一歩先だった。
「あらあら? そんなに怒ることないじゃない。それともなに? 悶え苦しんで死ぬところを姫君に見せたくないとか、考えてるの? 例えばあの純情そうな姫君がそんなもの目の当たりにしたら本当に発狂するかもしれないって? そんなこと、もう死ぬだけのあんたには、どうだっていいわよね」
「きっ、きさまミリーノに…」
 口の中に篭るように、ラムダは声を絞り出す。メアリを眼光で射殺すつもりかと思えるほどに、怒りがその場を支配した。
「あのね。あたしはもう大方検討ついてんの。あんたが姫君誘拐した理由も。あんたが姫君のことどう思ってるのかも。で、内密に内密に聞きに来てやってるのよ。今、こうしてこのまま死にたいかって。よろしい?」
 ラムダは目を見開く。
「看守にはちょっと寝てもらってるわ。いいこと。よおっく聞きなさい。あんたが処刑される日に、姫君はあんたの処刑を見に行くから。チャンスはそのときだからね」
 ラムダの顔は紅潮していた。
「シータ…」
「今はメアリ・ラ・デストロよ。メアリ・シータじゃないわ。せいぜい足掻きなさい。勘違いしないで。あたしは恋する乙女の味方なんだから」
 メアリは部屋を出た。