眼帯魔法使いと塔の姫君 22

「ちょっと下がってもらえるかしら」
 メアリが一声かけると、メイドはいつも通り恭しく一礼して、ドアを閉めた。
 沈黙が、場を支配した。
「で、単刀直入に伺います」
 何を聞かれるのだろう。ミリーノは身構えた。
「…ラムダとはどこまで進んでるの? A? B? それとも…」
 ミリーノはボンっと音がするかと思うぐらい一気に赤くなった。
「そう。ゼロってことね」
「いきなりなんですか! それ!」
 ミリーノはあまりに唐突な質問に、つい言い返した。
「あら。元気あるじゃない。なんか食事も喉を通らない状態だって聞いたから、聞き込みできるか心配したんだから」
 ミリーノは噴出した汗を軽くぬぐって、椅子を引っ張って、メアリのところへ持っていった。返事のしようがなかった。
「その様子だと、あれとはそれなりに話してたのね。しかも、割りと好印象だった。違う?」
 図星である。
「ふうん。あいつ、やるじゃないの」
「マルコのこと知ってるんですか」
 咄嗟にそう言ってしまってから、ミリーノは口を押さえた。
 その瞬間、メアリは目を丸くした。そして、口元がニヤっとしたかと思うと、すぐに元に戻る。
「もしかしてもしかすると、聞いてるかしら。あなたを攫った動機」
 聞いたわけではないが、ミリーノは知っていた。知ってしまっていた。
 また、沈黙が広がる。
「ま、いいや。それはどーでも」
 深緑色のロングヘアを、バサっと掻き揚げると、おもむろに立ち上がった。ミリーノは、メアリの言動にいちいち驚かされながらも、次の動きに目を見張った。
「今一番聞きたいのはね、その髪飾り、どうしたのかってことよ」
 びしっとミリーノを指差すメアリ。ミリーノは、自分の後頭部を触って、髪飾りをはずした。
 ミリーノの髪の毛は、既に元の長さに切られていた。メイドたちには『その髪飾り危ない』だのなんだの散々言われたのだが、王宮魔法使いの調べで、特に問題ないということになり、ミリーノの手に戻ってきた。それでも、ミリーノは髪飾りをはずさなかったのだ。
 目の前にいるのは、まさに調べた本人である。
「あいつが作ったんでしょうけど。そんなことより私が知りたいのはね、」
 メアリはこう続けようとした。『どうやって作ったのかってこと』
 その言葉は、ミリーノの行動によって打ち消された。
 ミリーノは泣いていた。表情が全く変わっていないのに、涙だけがただ流れている。髪飾りを両手で握り締めていた。
 メアリが駆け寄る。ミリーノはその場に崩れ落ちた。
 外とこことの違い。それが、脳裏を駆け巡る。
─────マルコがいない。
 マルコが自分を攫った理由。それは、今でもミリーノに許せることではない。でもそれを大きく上回る気持ちが、ミリーノの中に確実に存在していた。
 メアリがミリーノの顔を覗きこもうとしたとき、ドアの開く音がした。
「時間でございます」
 メイドだった。
「ちぇ、終わっちゃった」
 メアリが立ち上がる。と、思いきや、ミリーノの耳元にそっと顔を近づけた。
「また来るわ」
 囁いて、メアリは今度こそ、ドアを出た。
 メイドが心配そうに近づいてくる。
「何かあったのですか?」
「何でもありません。少し、休みます」
 ミリーノはベッドにもぐりこんだ。メイドはもう何も言う事が出来なくなったからか、ドアを閉めていなくなった。
 ミリーノは今、はっきりと言う事が出来た。
─────私はマルコが好きです。