眼帯魔法使いと塔の姫君 24

 看守が立っている。メアリがパチンと指を鳴らすと、皮膚の表面がくにゃくにゃと波打ち、その姿をかえた。
「ありがと。ヴァン」
 ヴァン・クジャニーロは、全身汗まみれだった。
「ばれたら比喩でなく本当に首が飛ぶ」
 ヴァンはポケットの中に入っている鼠を取り出した。よく眠っている。
「お前がラムダと同じ孤児院出身だなんて、聞いてないぞ」
「言ってないもん。当たり前よ」
 メアリが再び指を鳴らすと、鼠はもうもうと煙を上げ、ものの五秒で看守の姿になり、元の位置に立っていた。
「看守さん、異常ない?」
 しれっとした顔で、メアリは尋ねた。
「はいっ! 至って正常でありますっ!」
 二人はちらりと中を覗いた。また先ほど同様に、ラムダが座っていた。
「ご苦労様」
 哀れな看守にねぎらいの言葉をかけ、そのまま外に出る。
「詳しく聞かせてもらおうか」
「ラムダもアルファも、孤児院にいたころからの仲なの。あたしは、割りと早いうちに資産家に引き取られたんだけど、そのときに『シータ』って苗字をもらったの。あたしみたいに引き取られた子供は、一生使うことはないんだけど、掟みたいなもんね。で、その資産家が破産して、またしばらくは別の孤児院に。その後、魔法の才能があるっていうことで、近所の魔法使いに引き取られたってわけ」
「じゃあ、何でラムダはシータって呼んだんだ?」
「…あいつ、人の名前呼ぶの嫌いなの。苗字を呼ぶのだって、奇跡に近いわ。ただそれだけのこと。ちなみに自分のこと名前で呼ばれるのも嫌いなのよね」
「友達すくねえだろうな」
「ええ。だからこそ、助けたいと思ったの。あのラムダが、『ミリーノ』って呼んでて、姫君も『マルコ』だったから」
 メアリは感慨深げに目線を逸らす。
「あたしも馬鹿ね。ま、アルファとラムダのほうが、輪をかけて馬鹿だけど」
 その”馬鹿なあたし”に付き合ってしまった自分はどうなるのだろうかと、考えをめぐらせるヴァンだった。
「ところで、処刑当日に二人を引き合わせるのはいいけど、その後はどうするつもりだ。まさか…」
「そのまさか。何にも考えてないのよね」
 ヴァンは青くなった。
「だいじょぶよ。あいつなら。一応孤児院の中では頭の回転ぴか一だったんだし。魔法の方だって、師匠のことがなかったら、確実にあいつが王宮付になってたわ。魔力封じの護符ぐらい、簡単に焼ききれるわよ。あたしも手を抜いておくつもりだけど」
「心臓が幾つあっても足りん…」
 額に手を当てて、あきれ果てる。ヴァンはそんなメアリが心配で心配でしょうがなかった。
 これが、特務課の先輩たちを大いに困らせてきた”相棒殺し”の威力か、と、ヴァンは諦めをつける。
 今のところ、先輩たちに聞いていたほどの単独行動は起こしていない。が、自分より年上のくせにいろいろ間違っていることに違いはなかった。
 この仕事が終わったら、メアリはどうするのだろう。そのときはもう自分とは関係ない位置にいるはずだ。それがわかっていても、ヴァンは心配するのを止められなかった。
「こっちはこっちのことをすればいいのよ。当日の段取りは…」
 あれこれ話し合った後、二人は部屋へ戻っていった。
 ヴァンは大きな心配事を抱え込んだ。
 特務課とは、元来警察など、表の役職ではどうにもならない事柄を請け負う役所でなのだが、そんな役職についていながらも、これほどの不安を抱え込んだことはかつてなかった。
 もし、失敗したら。自分はまだいい。メアリはどうなるのだろうか。火あぶりだけではすまないだろう。
─────その無鉄砲なところがいいんだが。
 自分の考えに赤面したヴァンは、気持ちを落ち着けるため深呼吸した。
 計画は明後日。失敗は、許されなかった。メアリのために。