眼帯魔法使いと塔の姫君 21

「テロリスト明後日処刑…かぁ」
 魔法使いの女は、その日の新聞を見た。
『テロリスト明後日処刑
  国家転覆を企み、国内潜伏中であったテロリスト:マルコ・ラムダの処刑が決定した。…中略…わが国の処刑方法の中では最も過酷とされる火あぶりであるが、囚人が魔法使いであることからすると妥当である、というのが、当局の発表だ。処刑は一般公開される予定。また、当日は、囚人に何らかの魔力封じを行い、見物人の安全対策は…』
「はいはい。わかりましたよおっと」
「何が分ったんだ、メアリ」
「まあ、あんたがあたしの名前呼ぶなんて、いかがいたしました? ヴァン」
 役人の男ヴァンは、テーブルに紅茶を置くと、自分も席についた。
「いや。別に。いつも通り仕事の休み時間に相棒の下へやってきたってだけだけど」
「嘘つき」
 メアリは目を細めた。
「…分った。白状しよう。何でも塔の姫君の様子がおかしいんだってよ。ものすごい本の虫だったのに、ぴたりと読まなくなってるんだと。それはどうでもいいとして、食事の量も減ってるらしい。こっちはそれなりにまずいだろ」
「ふぅん」
 相槌を打つよりも紅茶が先だと言わんばかりに、カップに手をつける。ヴァンも、話し終わるとすぐにカップを手に取った。
「ま、これで処刑が終われば、俺らの仕事は一段落。俺はいつものお国仕事ってわけだ。ま、お前の顔も見飽きたころだし、いい時期じゃないのか」
「そうね。ホント」
 二人は同時にカップに口をつけ、二人一緒に紅茶を飲み込んだ。威勢良く、ズズズっという音が聞こえる。完全にマナー違反。偶々横を通りかかった職員は、その姿を見て眉をひそめた。
「「ふぅ」」
 そして、二人は歩き出した。
「にしても、ラムダはほんっとに吐かんな」
「そうね」
 メアリの口調が僅かに変わったのを、ヴァンはすぐさま見て取った。
「どうかしたのか?」
 さっきのお返しとばかりに、すかさず切り込む。
「ううん。ただ、ラムダがダメなら姫君に聞き込みたいな~と…」
「無理だろそりゃ」
 メアリはあるドアの前で、ピタリと足を止めた。ヴァンもつられて止まるが、ドアのプレートを見て引きつった。
「お前、なに考えてるんだ?」
「う~ん、返事に困るわ。あえて言うなら『なんにも』かしらね」
 そこは、塔の姫君と塔を管理する課の、課長室だった。
 メアリはノックもせずにドアを開けた。
 
 
 
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 塔に降り注ぐ日差しは、常に赤や黄色、青、緑といった鮮やかな色彩に彩られ、魅了される者も多かろう。
 しかし、ミリーノにとってそれは、まさに束縛を意味していた。色とりどり。どの色もあるのだが、ミリーノに選択権はなかった。
─────狂ってしまいそう…
 塔に戻ってからこの二日、ミリーノは息が詰まる思いだった。
 また、いつも通り。今日も、いつも通り。明日も、いつも通り。
 これまでは、それで何の不自由も感じていなかった。外に出たいと強く願ったことさえなかったのだ。だから、ミリーノは、おとぎ話の囚われの姫たちが、どうして王子様の迎えに焦がれるのか、全く理解できなかった。
 だが、今は違う。外を知ってしまった。
─────あそこの生活と、ここの生活。何が違っていたのだろう。
 よくよく考えてみると、そんなに大きな違いはないように思える。ただ一点だけ、明らかに異なる部分が存在した。
 それを思考に上らせる前に、塔のドアが開く。
「姫様。今日はあなたにお話を伺いたいという方がお見えなので、よろしくお願いします」
 何をよろしくなのか。久しぶりの感情がよぎった。
 黒いローブの女が、ぱっと一礼した。
「私、王宮魔法使いのメアリ・ラ・デストロと申します。今回の一件について、少々伺いたいことがございまして」
 二日ぶりに、生きた心地がした。