眼帯魔法使いと塔の姫君 18

 塔の姫君を連れ出したら、すぐにでも体の自由を奪って犯そうと思っていた。塔の姫君にいいイメージはなかったし、事は早いほうがいい。
 連れ出してすぐ、私は部屋に確認しに行った。通常魔法で移動させられた場合は、違和感を感じて呼び出されてすぐに目が覚めるはずだから、大声で騒ぐ可能性があった。
 が、ミリーノは違った。ぐうすか寝ていた。全く起きる気配が無い。こんな神経が図太い女がいるのかと、驚いたよ。犯す気は失せた。夜にしようと思った。
 すぐに朝飯を作った。塔の姫君も所詮ただの人間だから、腹ぐらい減るだろう。部屋に入ると、ミリーノは起き上がっていた。飯を置いて、私がドアを出てすぐ、初めてミリーノ言った台詞、何だと思う。
 『料理に毒は入っていないか』だ。面食らった。ヘンな女だと思った。一週間ぐらい、様子を見よう。つまらなくなったら、黙らせてとっとと予定を済ませて塔に戻そうと思った。
 だが、予想外にミリーノは面白かった。どんどん自分の気が緩んでいくのが分った。何かしてやりたいと思うようになった。そして、無理やり犯すことに、後ろ暗さを感じるようになった。
 自分で自分の気持ちを持て余すのは、初めてだ。
 ミリーノが私の右目を見た。見ないで欲しかった。生まれた時から私を縛りつづけるこの醜い目を。
 ミリーノは違っていた。この目を見て、『綺麗』だと、そう言った。いや、思ったのが私に聞こえただけだが。
 手記がどうでもいいとも思わない。ただ、ミリーノを傷つけてまで早急に、とは考えていない。
 ミリーノを抱きたい。それはもはや手記のためでなく、単なる私の欲求だ。
 
 
 
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「マジかよ」
 長い一人語りを終えたラムダを凝視するアルファは、驚きに満ちていた。
「正直に話したのだが」
「…じゃあ、わいからも重大ニュースや。お前、指名手配されてるで」
 ラムダにあまり驚いた様子は無かった。
「そろそろだと思っていた。怨恨の線で調べれば、当然だろうな」
「トウゼン、て、お前、それでええんか?」
「よくはない。今それを考えている」
「はぁ~。そんな悠長なこ言うとって、ええんかいな。わい、もう帰るでな。あんまり対応遅いと、わい、手引いてまうで」
 ラムダは、玄関を出て行くアルファの背中を、椅子に座ったまま見送ると、そのままふうッと息を吐き出した。
 つくづく、最近の自分が分からない。ただ、ラムダはそういう自分に全く腹が立たないのも、不思議でならなかった。
 なぜアルファに話したのだろう。後悔の念と、すっきりした気持ちがない混ぜになって、ラムダを襲う。
 ラムダは防音魔法を解いて、ミリーノの部屋に向かった。
 
 
 
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「終わった」
 その声と同時に、ミリーノの部屋のドアが開いた。
「っく…ひっく」
 ミリーノは、頭から布団をかぶっていた。
「!? どうした?」
 ラムダが早足で近づいてくるのが分かる。
「来ないで!」
 足音が止まる。
「…お願い……っく…ちょっと…だけだから…ホームシック…かな…」
 途切れ途切れになりながらも、ミリーノは必死で嘘をついた。
「分かった」
 ラムダが踵を返し、部屋を出たとき、ミリーノは起き上がった。
 ラムダが出て行ったドアを見つめる。
─────私、どうして欲しかったのだろう。
 ラムダをなじる気はない。ただ、悲しかったから、つらかったから、しばらく一人にして欲しい。そう思っていたのに、いざラムダが去ってしまうと、寂しくてたまらなかった。
─────私、おかしくなってしまったのかしら…
 ミリーノはその日、夕食の支度をしなかった。