眼帯魔法使いと塔の姫君 16

「…!」
 ラムダが絶句する。ミリーノにはどんな顔をしているのか見えない。なぜならば、ミリーノの額は今、ラムダの胸に当てられているからだ。両手でラムダのローブを握る。
─────私は人質。この人は誘拐犯。
 頭で考えていることと、自分の行動が、大きく食い違い始める。
「名前…呼んでください」
「…離れて飯を作ってくれるのなら要求をのもう」
 ミリーノは『うん』と小さく答えた。ラムダはミリーノの声よりも大きなため息をついた。
「ミリーノ、離れてくれ」
 ミリーノは即座に離れると、ラムダを見上げた。顔が真っ赤なのは分っていた。そんなこと、どうでも良かった。
「うん!」
 ミリーノの笑顔はまさに天使のそれだった。
 その後、二人は何も言わずにいつもの生活に戻っていく。ただし、一人、それを見た者がいたのを知らずに。
「おいおい、まじかよ」
 アルファは玄関のドアにそっと持たれかかって座った。
 
 
 
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 その翌日。
「お昼できたわよぉ~」
「今行く」
 いつのまにかタメ口になっているミリーノを、ラムダは窘めなかった。そのまま、ダイニングへ移り、いつものように昼食をとる。
「「いただきます」」
「マルコ、今日はどう? 昨日無茶したみたいだけど、大丈夫?」
「別にどうということもない」
 たわいの無い会話の後、二人そろって、昼食最後の一口を口に含むと、二人とは違う声がした。
「ちわっす…ってえええええ!」
 前回とほぼ同じテンポで驚くアルファ。二人は同時にアルファに首を向けた。
「五月蝿い。食事が不味くなるだろう」
「あの、お茶でも入れましょうか。前は何もお出ししなかったし」
「ミリーノ、こいつに茶なんぞ入れんでもいい」
 アルファはただただ唖然としていた。
「なんや、ラムダ。お前一体…」
「お前こそ、方言丸出しになっているが?」
「…ちっ、ばれてしもうたか」
 アルファはいつもの日用品を届けに来たらしい。箱をボンと床に置いて、その場に立っていた。
「ラムダ、ちょいと話があるんやが」
「何だ、話とは」
 アルファの空気が変わる。
「もう分かっとるやろ」
 沈黙。それが一時その場を支配したかと思うと、ラムダはミリーノに部屋に戻れと告げた。
「…うん。分った」
「悪いな。ミリーノちゃん。ちょおっとラムダ、借りるで。なに。ちゃんと返すで、心配いらへんから。な」
 ミリーノの肩をポンポンとたたいて、席についたアルファ。ラムダは眉間にしわを寄せている。
 ミリーノはダイニングのドアを出て、部屋に向かった。
 
 
 
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─────何話すんだろ…
 ミリーノはそのまま部屋に帰る予定だったのだが、トイレに行って、部屋のドアの前に立ったとき、ミリーノは好奇心に突き動かされた。
 アルファはミリーノがなぜここに連れて来られたのか知っている。そうでなければ、ミリーノを見ているのに、ラムダが何もしないはずが無い。
 そのアルファが『話がある』と言った。その上、ミリーノを部屋に戻した。どう考えても、ミリーノがらみだ。
─────この話を聞けば、何かつかめるかもしれない。
 ミリーノはダイニングのドアの前に立って、そっと聞き耳を立てた。ラムダとアルファの話し声が聞こえた。突然のことだったせいか、ラムダは防音魔法をかけていなかったようだ。
「ラムダ、お前、どうするんや?」
─────よしよし。
 ミリーノは耳を潜めた。