眼帯魔法使いと塔の姫君 14

─────今の、何? 何でマルコの声がしたの?
 ミリーノは頭の中に響いた声、そして、ラムダの右目によって、すっかり混乱していた。
「くそっ」
 ラムダは悪態をつくと、ミリーノに座るよう指示した。
「今説明する」
 ミリーノはうろたえた。ミリーノは何も口にしてはいない。まるで思考を読まれたかのようだった。
 そして、ラムダは右目を抑えたまま話し始めた。
「『烙印の子』は知っているな」
 もちろんである。ミリーノは頷いた。魔族と人間の間に生まれた子供のことで、一つ以上の特殊能力を持つ代わりに、身体的な異常が生じることが多い。例えば、怪力だが一生大人にならないだとか、そういう類のものだ。
「それが隔世遺伝することはどうだ」
「知ってます」
「私がそれだ。両親は至って普通の人間だった。しかし生まれてきた子供は…さっき見ただろう。見た目からしておかしかった。当然のことながら父親は自分の子供とは信用しなかったよ。それにだ。特殊能力も、当然備わっていた。まず魔力量が異常なほど多かった。そしてもう一つ…」
 ラムダは言い淀んだ。
「他人の思考が読める。というより、勝手に流れ込んでくる。半径十メートルほどのところにいる生き物の思考が全て際限なく頭に流れてくる。今はこの眼帯に魔法をかけて、ある程度能力を抑えることが出来ているが、昔は出来なくてな。そもそもそれが異常なんだとすら認識していなかった」
 ラムダは話しながら目の前でパチンと指を鳴らした。どうやら眼帯の紐をつなぐ魔法だったようだ。ラムダは眼帯をかけなおした。
「自分の思考も、強いものなら相手に流すことが出来る。どうやら今さっきもお前に流れたようだな。あれがそうだ。そんな気味の悪い子供を育てられるほど出来た親ではなかったな、私の両親は。あるとき夕食を食べると急に眠くなった。次に目覚めた時は、見知らぬ森の中だったよ」
「でも、前『孤児院にいた』って」
「森を自力で出た後、町で最初に話した人間が、私を孤児院に連れて行った。孤児院の院長の知り合いに魔法使いがいたおかげで、この眼帯を作ってもらい、何とか日常生活が出来るようになった」
 ラムダは、もう話すことは話した、という態度で、椅子の背もたれにもたれかかった。
 ミリーノは、ラムダの話の中で、一つだけ気がかりな部分があったので、それを尋ね返した。
「眼帯で、どのくらい制御できているのです。もしかして、今私が考えていることぐらい、分っているんですか?」
 ラムダは少し考えている。言おうかどうか、迷っている風だった。
「いや。分らん。眼帯をしていれば、他の生き物の思考が勝手に流れ込むことはない。ただ…一つ例外がある」
 ミリーノは、ずずぃっと身を乗り出した。
「何ですか。それは」
「体が直に接触したとき」
 ミリーノは硬直した。『私の体にむやみに触れるな』の意味が、今はっきりと形を取っていた。
「それで…お風呂行く時布越しだったんですね」
 ぽりぽりと後ろ頭を掻いて、ラムダは目を逸らす。
「何で言ってくれなかったんですか。その理由」
「言ったところでお前は信用しなかっただろう」
「ギクリ」
 図星だった。
 いつもよりすっきりした顔で、ラムダは立ち上がった。
「あの、どこ行くんです?」
「部屋に戻る。もう用件は済んだ。まだ続きがある」
 部屋に戻るラムダの後ろ姿を見送ってなお、ミリーノは椅子に座ってぼおっとしていた。昼の準備はもう少し後でいいかという気になった。