眼帯魔法使いと塔の姫君 13

 ばさり
─────髪の毛、だいぶ伸びてきたなぁ…
 ミリーノは包丁を手元において、また髪の毛を耳にかけた。
 ミリーノがここへ連れて来られてから既に一月半が過ぎていた。連れて来られた当初、短めのセミロングだったミリーノの髪は、今や肩口を越えている。
 いつもは肩に差し掛かるぐらいになったら切ってもらっていた。そのため、ミリーノは自分で髪を縛ったことが無く、縛ろうとしても上手く出来ない。
 ラムダにもその話をしたのだが、『ダメだ』と一蹴された。この家で出るごみは、基本的には森に埋めてきているが、髪の毛を切ったとなると、それを埋めてこなければならない。運ぶ途中に髪が落ちたりしたら、ミリーノの居場所がばれ、ラムダの首が危うくなる。そういう理屈だった。
 だが、ミリーノには納得できなかった。
 そもそも、ミリーノを見たことがある人は、限られている。ミリーノの髪の色は、ごくごく一般的な茶色だったから、髪の毛を見ただけでミリーノだと特定できる人はいないだろう。それに、魔法を使えばある程度隠蔽も出来るだろうし、燃やしてしまう事だって出来るはずだ。それなのに、ラムダは頑なにミリーノが髪を切ることを拒む。
 ここ三日ばかり、書斎から妙な音がしていることも気がかりだ。一日に四、五回、ボンッという小さめの爆発音がする。そういう時、ラムダは顔に変な色の煤のようなものをつけて、書斎から出てくるのである。そして決まってこのどちらかを呟くのだった。
『足りない』『多い』
 ほんの数分書斎を離れるときでさえ、ラムダは鍵をかけてしまうので、ミリーノには詳細を知りたくても知りようが無かった。
─────私の髪の毛と、何か関係があるのかしら…
 
 

~ミリーノの推測~
「これでお前の髪の毛さえあれば…」
「なっ、何をするんですかっ!」
「こうする」
 ラムダはミリーノの髪をナイフで切って、鍋の中に放り込んだ。
「練ればれるほど…ふふふふ…」
 中の液体は、泥のような色から鮮やかな緑色へと変わっていく。そして、出来た液体をコップに汲み取り、ラムダはごくりと飲み込んだ。
「そっ、その姿は…」
「そう。お前だ。私は女になりたかったんだ! これで世界の男達は私のもの! おほほほほ…」
~了~
 
 

─────あ、ありえない…
 自分の薄気味悪い妄想に自分で終止符をうち、ミリーノはため息をついた。
─────でも邪魔だなぁ…
 人差し指で髪を弄んでいるそのときだった。
 ボンッ
 あの爆発音。またラムダはやっていたらしい。しかし、今回はいつもと様子が違っていた。すごい勢いで書斎のドアが開いた。
「出来た」
 顔に橙色の煤をつけたラムダ。
「何が?」
 思わず即座に聞いてしまった。
「今晩、見せてやる」
 そのまま台所へ直行し、ラムダは顔を拭いた。そのままダイニングの椅子に座り込む。ミリーノはその顔を見たときに、あることに気が付いた。
─────眼帯の紐が切れかかってるわ。
「あの、眼帯の紐、取り替えたほうが…」
 ミリーノがラムダの顔に手を近づけた時、ラムダは突然表情を変えて、その手を振り払った。
「触るな!」
 だが、その動きが、弱りきった眼帯の紐には、逆効果だったらしい。
 プツン
 眼帯がハラリとテーブルの上に落ちる。
 ミリーノは、ラムダの右目を見た。
 瞼が無い。そして、本来眼球があるはずのそこに入っていたのは、透き通った、紅い球体だった。中で何かが蠢いている。その紅は、まさに真紅と呼ぶのがふさわしい色だった。
─────綺麗…
 そう思うのと全く同時に、ミリーノの脳裏に別の声が響いた。
─────見るなっ!
 大きな声がする。ラムダの声だ。ただ、耳で聞いているのではなかった。それはまさにミリーノの頭の中で響きわたっていた。
 ミリーノの前には、落ちた眼帯を右目に当て、今にも泣き出しそうな顔をしたラムダだけだった。