眼帯魔法使いと塔の姫君 1

「んん…」
いつもの朝。ベッドから起き上がったミリーノは、ぐっと伸びをした。いつも通りまぶたをこすり、深呼吸をする。
「さて、今日はどの本を読もうかな♪」
が。明らかにいつもと違うことがあった。
─────あれ?
ベッドはいつも通りだが、部屋にあったはずの家具類が一切ない。しかも、窓がえらく低い位置になっている。これまでは思い切り上を向かない限り、窓が見えなかったのに。しかも、ガラス部分はステンドグラスになっていたはずなのに、今あるのは本の挿絵にあるような、いわゆる一般家庭の窓だった。
一、これは夢だ
二、これは幻覚だ
三、メイド達のものすごおぉく手の込んだいたずら
そして。
四、ここは塔の中ではない
─────三ではないと思うんだけどなぁ…
いつもは起きたら手元の呼び鈴を鳴らすのだが、今日はそれすらない。ミリーノは、ただただ呆然とするばかりだったが、起きたらお腹が空くのが生き物の常。ミリーノも例外ではなかった。
ぐうう。
─────おなか、減ったな。
がちゃり
ミリーノの背後にドアがあったらしい。驚いて振り返ると、黒っぽいローブを着た、右目に眼帯をしている男が立っていた。生まれてこの方、自分の父親ともあったことがなかったミリーノは、男だと判別するのにしばらくかかったのだが。
─────お、おとこの人だ。しかも本物の。
「飯だ」
一言いって、湯気の立つ何かをお盆ごとポンとベッドの上に置いて、男は出て行った。
この瞬間に、選択肢三は消えた。自分の頬をつねる。本に良くある、アレ。
─────痛い。
これで、一と二もほぼありえない。結論。
─────ここ、塔じゃない…
ミリーノは初めて危機感を覚えた。
「あのっ!」
ドアのほうを見た。しかし。
─────ドアが…ない……
先ほど男が入ってきたドアは、跡形もなく、ただ壁があるだけだった。
慌ててドアのあったところに駆け寄った。必死でその辺りを触って調べたが、やはりただの壁である。
「うそぉ…」
魔法というやつだろうか。これまた本では読んだことがあるが、実際には見たことがなかった。それもそのはず、ミリーノがいた塔には、防犯のため、魔法防止呪文が用いられていたのだから。
先ほど男が持ってきた食事を見た。どうやらパンとスープのようである。
─────おいしそ~。
さすがにここですぐ手をつけるミリーノではない。それは経験からきていた。
塔の姫君の警護費用は、国王の伝統保護発言によりますます増加の一途だった。国家財政を圧迫しだすほどに。経理担当(たまたまこのときは女だった)が度々進言していたが、国王は頑として聞かなかった。経理担当が考え出した最終手段は、塔の姫君暗殺だったのだ。
しかし、塔の姫君は無事だった。なぜならば買収しておいた毒見役が当日”どういうわけか”欠勤し、その代わりに”どういうわけか”その経理担当が毒見することになったからだ。もちろん、いつもどおり、ミリーノの目の前で、である。
結果は予想通り。一口紅茶を口にするや、経理担当は静かに血を吐いて倒れ、二度と起き上がってくることはなかった。
この経験から、ミリーノは食べ物に関してだけは慎重になった。警備側も、それからしばらくは、ミリーノの部屋の中に調理器具を持ち込んで、その場で調理していたぐらいだ。(もちろん調理したのは正規のコックではなく料理の出来るメイドだったが)おかげで世間知らずなミリーノも、料理の腕だけは世間並みだった。
ミリーノは食事の安全が確認できないとなると、いきなり大声で叫んだ。
「スーイーマーセーン! このお料理ってぇー、毒とか入ってないですかぁー!」
先ほどドアが消えた部分の壁が再びドアとなって、あの男が耳をふさぎながら入ってきた。
─────作戦成功!