ジルコーニはなんだかんだ理由をつけてケイトクの元へ訪れた。
ゼタは、言いたいこと満載のようだったが、ケイトクは無視していた。
この唯一の楽しみを邪魔されたくなかったから。
「じゃあな」
「ああ」
ジルコーニが帰っていく。ケイトクはもう馴染んできたせつなさを感じていた。
─────あ~あ。また仕事しなきゃ…
ため息をついたケイトクは、ずしりと重い足取りで、僅か三歩の距離にある自分のデスクへ戻った。
席に着いてからも、たっぷり五分はぼ~っとしていた。
「陛下」
「ん?」
突然、ゼタが話し掛けてきた。この部屋にいるとき、ゼタが話し掛けてくることなど今まで一度も無かった。
だが、ゼタはそのまま俯いて言いよどんでいる。言いかけた台詞を途中で止められるというのは、気になって仕方がない。それはケイトクも同様だった。
「どうした? 早くしてくれ」
せかされたゼタは、ゆっくり口を開いた。
「ジルコーニに用事があるとは思えません」
─────ようやくきたか。
ジルコーニの訪問回数は、確かに多い。これでは他のものに何を言われるか知れない。
ゼタの言いたいことは、ケイトクもとっくに分かっていた。
「そうか?」
「そうです。幸いまだ噂には上っていませんが、時間の問題でしょう。ここ一週間、毎日なんですから」
「たったの一週間じゃないか」
「”一週間も”ですよ。なんだか口うるさい小姑みたいですが、言わせてもらいます。ジルコーニだけ例外というのは、ありえないんですよ」
ケイトクは、何の気なしにこう言った。
「ジルコーニは例外なんだよ」
ゼタはしばらく黙っていた。
「私の護衛が必要なくなるのも近いですね」
「どういうことだ?」
「今日はお戻りになったほうがいいのでは?」
ゼタは呆れ顔だった。
そしてようやく、ケイトクは自分の言ったことの重大さに気が付いた。
「…そうする」
今日の分の仕事はまだ残っていたが、はっきり言ってそれどころではなくなっていた。
─────僕の”例外”は、ジルコーニ?
いつのまにか部屋の前にきていた。そのまま入って、ベッドに横たわる。
自分とジルコーニは、あくまでも友達じゃないか。そうだ。そんな感情は。
冷静に考えてみようじゃないか。
ジルコーニの顔を見ないと、どうなる?
─────さみしい。
ほら。友達と会えないとき、そうなるものだ。じゃあ、顔を見ると?
─────嬉しい。
そうだろ。やっぱり、友達だ。じゃあ、ジルコーニが帰っていくときは?
「胸がきゅんとなって切ない」
あ。
会えなくてさみしい、会って嬉しい。これは、友達でなくても、恋人同士でもあることだ。
胸がきゅんとなる、などというのは、完全に恋をしたときの表現だった。
─────好きなのはジルコーニ?
こんなに一緒にいたのに何故自分は気づかなかった。というより、いつ好きになったのだろう。
昔読んだ、『鏡ヶ池物語』という小説のくだりを思い浮かべる。
『恋に”何時”は関係ない』
ケイトクは、ジルコーニの人となりを考えた。
女たらし。だらしない。軽い。友達としてはいい奴だが、恋人としては最悪である。
明日、ジルコーニが会いに来たら、どんな顔をすればいいのだろう。
ケイトクは後戻りできないドアが、バタンと音を立てて閉まったのを感じた。