男性化志望者とその友人 10

――――どうしよう。
 ケイトクは今朝からそればかり考えていた。
 今日も恐らくジルコーニは来るだろう。そのとき自分はどうしようか。
 どうするもこうするもない。いつも通り、『おはよう』とか、『今日はいったい何の用事なんだ?』とか、適当なことを言っていればいいのだ。
 頭では、そう、分かっていた。ただ、自分の中のどこかが、まったく違う反応をしていた。
 服はこれでいいだろうか。いつもと変わりないだろうか。髪型は? 声は?
 ケイトクはまさに、恋する乙女病にかかっていた。
「失礼します」
――――来た。
「…おはよう」
「んんん~? 今日は調子どお? そろそろめぼしい男、見つかった?」
 いきなり核心。出だしが肝心だ。極限まで顔に出さないように自分を抑えるケイトク。
「ん? いや。いつも通り。全くもって検討もつかないよ」
「そっか…。早いとこゼタを返してやりたいもんだけどな。急いたところでどうなるわけでもないけど」
「ホントだよ…」
 ケイトクのため息には、『ジルコーニに嘘がばれなかった』という意味が含まれていた。
 ジルコーニの勘がいいのは、重々承知のうえだ。何しろ長い付き合いなのだから。
 その後は、いつも通りの取り留めのない会話だった。
 予想していたのよりもずっと、なんてことない。ケイトクは、ほっとしたのと同時に、がっかりもしていた。何か大きな変化を、期待していたのかもしれない。
 それ以上に、ケイトクはひとつ、見たいものがあった。
 それは、動揺しているジルコーニだった。ケイトク自身、あまり物事に動じるほうではないが、ジルコーニは日常生活を嘘と詭弁で固めている節がある。ケイトクにすら、見せていない『ジルコーニ・ダヤン』がいることは、薄々感じていたが、これまではそれを見たいとは思っていなかった。
 きっと、こういう欲求も、恋とやらのひとつなのだろう。
──―――これまで恋だと思っていたものは、何だったのだろう。
 ジルコーニが出て行った部屋は、なんだかガランとしているような気がした。
「恋とはどんなものかしら、かぁ…」
「…わけ分からんこと言ってないで、ほら、仕事仕事」
 毎日本ばかり読んでいるゼタに言われたくなかったが、その通りだった。
 
 
 
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「今日は稽古するぞ」
「はいはい」
 ケイトクは騎士団の鍛錬場へと向かった。今日は女の騎士団員がいる。
 服が女物に変わったとはいえ、稽古は久しぶりだ。足取りも軽い。
──―――ジルコーニがいないのは残念だけど。
 今は一刻も早く打ち込みたいだけだった。ゼタの承諾も得た。万が一女の団員がいなかったら、ゼタが相手をしてくれるそうだ。
 鍛錬場に着くと、周りの目が一斉にケイトクに集中した。
「陛下!」
「みんな、陛下が戻ってこられたぞ!」
 鍛錬中の者たちが駆け寄ってくる。これまでは休日という休日、必ず足を運んでいたのに、公示があってからというもの、びったりとご無沙汰になってしまったのだから、当然のことだろう。
「みんな、久しぶり。僕は見てのとおりだから、今は”殿方”とは打ち込みできないんだけど、勘弁してね」
 男連中の中から、『ええ~っ』と声があがる。ケイトクの剣術はなかなかのものなのだ。
「と、言うわけで、ほら、稽古に戻った戻った」
 ばらばらとまぎれる中に、ケイトクは相手を見つける。騎士団内に国王が混じるという状況に、ケイトクも団員も、慣れきっていた。
「陛下、よろしくお願いします」
 ケイトクが軽く素振りを終えたところで、団員の一人が声を掛けてきた。
「僕のほうこそ。なまってるだろうから、そっちが退屈しちゃうかもしれないけど、勘弁してね」
 にっこり笑うケイトクに、女の団員であるにもかかわらず、頬をほんのり染めていた。それほど、ケイトクは美しかった。
 そんな感じで、一、二時間過ぎたろうか。
「さて、そろそろ僕は戻ろうか…」
 振り返ったときだった。
「すすすすすす、す、すいません、陛下、手合わせお願いできますか?」
 まだ幼さの残る少年だった。十四、五だろうか。
──―――どうしようか…。
「勝手は承知の上です…。だめ…ですか?」
 悩んだ。男としてみるには、幼すぎる気がした。
 チラッと後ろを見ると、ゼタは誰か誰かに稽古をつけているようだった。ゼタもたまっていたのだろう。
──―――ま、いいか。
 無言で笑い、剣を抜いた。少年はあどけなく喜んでいた。