男性化志望者とその友人 8

 護衛がついて一週間。
 ケイトクは、かつていつもこの状態だったというのが信じられなかった。
 あまりに刺激が足り無すぎる。贅沢かも知れないが、今の国内にはこれといって大きな問題が無いのだ。
 それになんかんだ言っても、ケイトクはまだ若い。押さえきれなかった。
─────外に出かけたい!
 しかしゼタは勘がよく、抜け出そうとしても必ず見つかってしまう。
 要するに、ケイトクのストレスは早くも限界に達しようとしていたのだ。
「外に行きたい」
「いけません」
 三日ほど繰り返しているゼタとのやり取りは、今日も止むことは無い。
「僕だってストレスは溜まる。友達にも会いたいし…」
「陛下のご友人はジルコーニぐらいでしょう。王宮内でさえ、色々な輩がいるのですよ。外へ行ったらどうなるか。ましてや今の陛下は女。力も弱くなっているようですし、危険すぎます。」
 『危険すぎる』は、これまででも言われてきたことだが、『女だから』は、ここ三日聞いている文句のうち、最も堪えるものだった。
 女と男は、そこまで違うものなのだろうか。
 違うのだろう。
 言い返せなかった。
─────くそっ…
 ゼタの顔を見返すと、目線がドアのほうに向いているのが分かった。
 ガチャリ
「失礼します」
「ジル!」
 一週間ぶりのジルコーニは、相変わらず、騎士団服を着てへらへらしていた。
「いきなり『ジル』とはねぇ。問題発言じゃないの? 俺に会えなくてそんなに寂しかった?」
 ジルコーニは投げキスをした。
「…気持ち悪いな。やめろよ」
 だが、ケイトクはその台詞を言ってから、はっとした。
 なぜならば、自分がそれほど嫌な気分ではなく、むしろ嬉しかったからだ。
─────何が嬉しいんだ? 投げキス? まさか。
 その葛藤は、顔には出さない。国王ケイトクは、そこまで軽率ではない。
「って、俺はそんな馬鹿やりに来たわけじゃなくって。仕事の話をしにきたんだって。今空いてるか?」
「ああ。で…」
 二人はそれから小一時間話し合っていた。
 ゼタは本を読みながら、横目でちらりとその様子を見る。
─────早く気づけよ。バカ。
 騎士団長のそんな悪態には全く思い至らないケイトクは、話し終わってジルコーニを見送った。
「んじゃあ、俺行くわ。サンキュな」
「ああ。またいつでも来いよ」
「…そーいう訳にもいかないって」
 呆れ顔のジルコーニの言葉に、ケイトクの胸はきゅんとなった。
「ま、何か仕事があったときに来るからさ。じゃーな」
 ジルコーニに手を振って、ケイトクは机の上に山になった書類を見た。ここしばらく、仕事の能率はめっきり下がっていた。
「うしっ。やるか」
 馬力をかけてどんどん『済み』書類を増やしていく。
 いつにもまして冴えている自分に、ケイトク自身驚いていた。
─────ジルもがんばってるんだ。僕もやらなきゃ。
 そして、四時間後。
「終わったあ~!」
 ケイトクはこれまでの遅れを全て消化しきった。
「そんなに飛ばして大丈夫なんですか?」
「え? 何が? ああ、疲れてるかって事? それなら問題ないよ。でも、今日はもう終わりにしとく。部屋に戻るよ」
「…そのほうがいいでしょうね」
 机の上を整理して、ゼタと二人、私室へと戻っていった。
 護衛がついていることは、気にならなかった。