男性化志望者とその友人 33

 まるで子供が楽しい遊びを見つけ、それを親に報告するようだった。
「全く。そんなことに国家を巻き込まないで下さいよ」
「そんなことに国家を巻き込むから面白いんじゃないか」
 ゼタはそのデミアンの顔に、テレイアがダブって見えた。
「いくつかこちらから聞きたいことがあります」
「大方噂の出所じゃろ?」
「それもですが、どうして愛人に手をつけなかったのか、僕には分かりません。それに、どうやって『人魚』を連れてきたのです?」
「手をつけなかったのはな」
 デミアンは一呼吸おいた。ケイトクとゼタはごくりとつばを飲み込んだ。
「わしはエル以外に興味がないからじゃ」
 ゼタとケイトクは確信した。
──―――こいつはテレイアの父親に間違いない。
 二人の間に、『はいはいそうですか』という空気が流れる。
「『人魚』を連れてきたのは、噂を伝えに来たやつじゃ。つまり……お前ら、本当に知らんのか?」
 デミアンは二人を疑念の顔でにらみつけた。
 ケイトクとゼタには、なんのことだか分からなかった。その表情を見て、デミアンはにやりとした。
「そういうことなら、わしは言わんぞ。自分で聞き出せ」
「それはどういう」
 そこまでだった。
「やはり貴様らぁあああ…うえああああぁぁあ! 悪魔の使いめぇええええ!!」
 デミアンは叫んだ。ベッドをひっくり返そうとする。
「旦那様! あ、ゼタ様、こちらへ!」
 閉まり行くドアの向こうで、一瞬デミアンが笑うのを、ケイトクは見逃さなかった。
「はぁ…はぁ…お、お怪我はございませんか?」
 息切れしている。ほんのりと頬を上気させたメイドは、いつもより幾分か健康的に見えた。
「いや、それはないけど…一ついいか?」
 ゼタは、物は試しと思っただけだった。
「あの…愛人の…オリーブさんだっけ。その人をここに連れてきた人の顔、覚えてる?」
 メイドは、一瞬不思議な顔をした。
「騎士団長様、ご存知ないのですか?」
「ああ。ぜひとも教えてほしい」
「ジルコーニ・ダヤン様ですわ」
 メイドの笑顔がまぶしかった。
 
 
 
********************************
 
 
 
 その日の翌日。仕事を休んだケイトクは、部屋でぼおっと本を眺めていた。無論、内容は一切頭に入っていなかったが。
──―――やっぱり、僕はジルを裁くことになるのだろうか。
 王宮騎士団副団長。調査が隠密に行われた事件に関して、裁判所で裁くことは出来ない。そして、裁けるのは自分しかいないのだ。
 噂に関してはどうだろう。本当にジルコーニなのか?
 動機は? やはり地位の確保か? バロッケリエールに取り入って、後釜を狙ったのか? 国家転覆?
 ベッドに本を放り出したケイトクは、枕に顔をうずめた。
──―――どうして?
 ジルコーニの顔を思い浮かべてみる。
 にやにやしているジル。黙りこくっているジル。口笛を吹くジル。考え込んでいるジル。メイドを口説いているジル。冷たくケイトクをにらむジル。無表情なジル。笑っているジル。
 ケイトクは、本当のジルコーニなどどこにもいなくって、全てがジルなのだと分かっていた。
 だがケイトクは、笑っているジルが一番好きだ。
 今はもう、それがほんものの笑顔かどうか分からないが。
──―――明日、聞いてみるしかない。
 残された手段はこれしかない。ジルコーニのことは、心から好きで、好きで、好きで、本当は何もしたくないけれど、ケイトクは国王だから、聞くしかないのだ。
 どうなるのかは分からない。でも、靄が晴れなければ、きっとジルコーニのことをまっすぐに見れなくなってしまう。
──―――ジルのほんとうの笑顔が見たいから。