男性化志望者とその友人 32

「二ヶ月か。まあ、よしとしよう」
 デミアンは悪びれなかった。腹に一物も二物も抱えた微笑は、まさしくデミアン・バロッケリエールその人だった。
「奥さんを連れ戻したいんだったら、直接言えば良いでしょう。どうしてまたこんな回りくどいやり方をしたんです?」
「そろそろ世代交代の時期かと思ってのう。家名を傷つけずにすばやく引退し、余生は妻と二人で過ごす。どうじゃ。いい計画だろ?」
「どういうことだ?」
 ゼタかケイトクとデミアンの二人を、かわるがわる眺めた。
「つまりね。デミアン氏は、結婚してから割と早い段階で、奥さんが『人魚』だって知ってたんだよ。だから、奥さんが出て行った理由も分かってた。ただ、家名を守るために、何もしなかったんだ。そこで、何でもいいから適当な理由をつけて自分が発狂したかのように見せかけ、心配した奥さんが戻ってくるように仕向けたんだ」
 ゼタは腑に落ちない顔をしていた。
「なら、何でそのウリエル夫人がまだ戻ってないんです? それに…」
 ゼタははっとした。ケイトクはにこりと笑う。
「分かったかな。そう。ウリエル夫人を連れ戻すために、僕らを利用したんだ。何か王宮がらみのスキャンダルが起こったとき、その中心に自分がいるかのように見せかける。僕は真っ先に当主、つまり自分を調べにやってくるだろう。その時の発狂ぶりを印象付ける。続いて僕が調査に行くのは、息子テレイアか…」
「ウリエル夫人」
「その通り。その時、少なからず夫人には、『バロッケリエール家当主の発狂』というニュースが伝えられるはずだった。ただ、ゼタは言わなかったんだろう?」
 ケイトクはゼタに問い掛ける。
「もうとっくに知ってると思ったから…」
「さらに言うなら、わざわざ僕に直接結びつくようなスキャンダルを選んで広めたのは、僕の探索能力を試したかったからだ。違いますか?」
 デミアンは拍手した。
「ははは。大方正解じゃな。この際だから、解答を問題製作者直々に添削してやろう」
 
 
 
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 確かに、わしは結婚したときは、エル…ウリエルのことじゃが、あれの素性を疑ってはいなかった。
 だがひと月もするうちに気づいたよ。なぜエルは外出したがらないのか。色が白いのか。色眼鏡を掛けないと、日光に当たらないのか。健康状態が悪いとは思えなかった。わしの知識を甘く見るなよ、若造ども。”いろいろ”やってきたからな。
 だが、何も言えんかった。ばれたらどうなるか知っていて、ここに乗り込んできたんじゃからな。勇気を称えようと思った。妻として不足するところは一片たりともなかったのは、事実じゃ。
 わしのやっていることにも何も口出ししなかったし、詮索もしなかった。わしは嬉しかった。今までわしの周りにいるやつらは、わしのやることなすこと全てに口出しした。エルだけは、何も言わなかった。ま、自分のことで手一杯だったのじゃろう。わしとはだいぶ年もはなれとるし。
 エルが出て行ったときはな、正直ショックじゃった。エルが出て行った理由は分かっていた。それよりも、この台詞がこたえた。『あなたの手は汚れすぎてる』
 テレイア? ああ。アレはエルの付属物といったところだな。テレイアが生まれた時点で、『人魚』関係のことからは、どうにかして手を引こうと思っておった。
 実際は無理じゃった。貴族というのは頑固なのでな。
 エルが出て行ったとき、この計画は始まったのじゃ。妻を連れ戻し、バロッケリエール家が『人魚』を認めても、何ら問題のない土壌を作る。それが、目的じゃ。
 愛人も、わざわざ『人魚』にした。調べたときに、『人魚』にたどり着くように。
 三年以上の年月、待ちつづけた。すぐにやったら、エルにばれてしまう。
 息子と疎遠にした。息子がわしに反するような行動を取っても不信がられないように。元々互いに無関心だったのは、好都合じゃったよ。
 そして二ヶ月ほど前。いい噂が広まった。わしはそれを少し後押しした。
 それだけでも十分だったのだが、ついでに『テレイアの目が変色するのを愛人が目撃する』といういい場面に出くわした。
 本当は『愛人とテレイアの関係を知って追い出す』という筋書きじゃったが、もっと分かりやすくしてみたんじゃ。『息子が『人魚』だということを、愛人に知られて、愛人を消そうとする。そして、二人は出て行く』大ヒントだぞ。これは。
 そして演技開始じゃ。中々様になっておったろう。ふふ。
 ただ、王宮騎士団長殿。そなたがエルにわしの現状を言わなんだのが、唯一失敗じゃったな。
 まあ、今ごろは、わしが二ヶ月前にサロメット・ロコロに依頼しておいた手紙が、エルとテレイアに届いておるころだろう。
 思えばアレも名演技じゃった。『最近、むしょうに苛立つことがある』『なんだか自分が自分でなくなりそうだ』『部屋にいると不安でたまらないが、部屋から出ても不安でたまらない』『何が怖いかわからないが、怖い』
 駄目押しのこれが利いたな。『頼むから、誰にも言わないでくれ。妻にも。息子にも。誰にも…』あいつはお人よしだからな。『もしも…もしもわしに何かあったら…妻と息子に伝えてはくれまいか』これで、わしに何かあったら確実にあいつは連絡する。
 ここで出た噂が、ロコロ家の辺鄙な別荘まで伝わるのには、大体二ヶ月か三ヶ月かかる。エルが手紙でわしのことを知るのか、それとも国王の使者から聞かされるのか。そこが賭けどころじゃったのに、騎士団長殿のおかげで台無しじゃ。つまらんのぅ。