男性化志望者とその友人 34

 朝十時。仕事はもう始まっている。
 ケイトクは、ジルコーニが来るのを今か今かと待ちわびながら、椅子に座っていた。
 ゼタには部屋の外で待つように言ってある。今回だけは、二人きりで話がしたい。ゼタはケイトクの思いを汲んでくれたらしく、今、ドアの横の壁にもたれていた。
「失礼しマース」
 おどけたジルコーニは、ケイトクを見た。
「二度目のお呼び出しの用事はなあに?」
 ケイトクは微笑みもしなかった。
「真面目に聞きたい。今回は、ジルのことだ」
「なあに? 何でもどぉぞっ」
「ジル。君なのか?」
 沈黙。
「デミアンに愛人を紹介し、少年兵との熱愛騒動の噂を流したのは、君なのか?」
 沈黙。ただし、ジルコーニの表情が変わった。
「もう分かってるんだろ? ケイトク」
 ケイトクはゆっくりとうなずいたが、それは嘘だ。ジルコーニがやったという確証は、全くなかった。
 青い瞳。茶色の髪。浅黒い肌。それらはただただ重苦しく、ジルコーニとケイトクの間の空気を形容するものにしかなりえない。
「そうだ」
 ジルコーニは薄笑いを浮かべた。”策士”の笑みなのだろうか。
「俺がやった」
 笑いは消える。
「どお…して…」
 ケイトクの言葉は途切れた。
「お前が嫌だったからだ」
「なんで?」
 ケイトクは必死に自分を律しながら、こう言った。
「僕はジルが好きだ。ずっと一緒にいたいと思ってる。ジルは僕のこと嫌いでもかまわない。ただ、理由ぐらい聞かせてくれても良いだろう。どうして、僕を、陥れようとしたんだ?」
 ゆっくりと、だが確実に、言葉が紡がれた。ケイトクのそんな口調とは逆に、ジルコーニは早口だった。
「よくそんな…そんな台詞が吐けたもんだな。なんで、だと? 俺がお前と出会ってから、どんな気持ちだったか、知りもしないんだな、お前は」
 ジルコーニの表情が、ケイトクの知らないものへと変わった。ジルコーニは怒っているようだった。ジルコーニの頭に血が上っているところなど一度も見たことがないケイトクは戸惑った。
「ああ。じゃあ教えてやるさ。どうせ俺はこの後秘密裏に”処理”されるんだろうからな!」
 そのはき捨てるような台詞が、ジルコーニの語りの始まりだった。
 
 
 
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 お前と俺が初めて会ったとき、俺は無論、家から送り込まれた玉の輿候補者だった。
 お前は絵を描いてたよな。
『きみ、だれ?』
 どうやって答えようか迷ったりはしなかった。ただ、目の前にいる王子とやらがあまりに無邪気だったから、なんだか自分が恥ずかしくなった。
『…ジルコーニ』
『ふうん。じるこーにっていうんだぁ』
『どうしてここにいるの?』
『…わからない』
 言えなかった。お前と仲良くなって、行く末は結婚というところまで持っていけるようにと、親に言いつけられた、という真実は。
 なのに、お前はなにも気にしてなかった。俺はお前に好感を持った。
 しばらく遊んでいるうちに、この子を守ってやらなきゃいけないと思った。
 ずっとずっとそばにいてやりたかった。俺はませガキだったから、直感した。そうか、これはきっと恋ってやつなんだって。
 お前が夕食に呼ばれて、帰っていく前に、聞こうと思った。
『ケイトク、』
『なあに?』
『…ケイトクは、僕のこと、好き?』
 勇気を振り絞って、初めての告白。この後自分がどうなるか、何も知らなかった。
『うん。もちろん』
 一瞬、俺は舞い上がった。
『だって、友達だろ? 今も、これからもずっと、ずうーっと。だから、僕がお嫁さんもらっても、一緒にいてくれる?』
 その時気づいた。こいつは”王子”なんだって。初恋は完敗だ。
『ああ。もちろんだよ』
 作り笑いは、このときから俺の十八番になった。