男性化志望者とその友人 31

 その日の時間ぎりぎりまで、ケイトクは靄を晴らすことが出来なかった。
「ゼタ、僕って演技してるかな」
「はぁ?」
 ゼタは間の抜けた声で返答した。
「いや、今日女の子っぽくしようと思ったのは、その…ジルコーニが喜ぶかな、と思ったからなんだ。でも、僕は男っぽい服のほうが好きだし、そのほうが慣れてる。はいてみると、確かにスカートでも平気だけど、本音はズボンのほうがいい。これってやっぱり無理して演技してるのかな」
 ケイトクは、普段こんなことは滅多に言わないのに、それを護衛のゼタに話している自分に違和感と罪悪感を感じた。これも、演技だろうか。
「…ん…それは違うと思いますよ」
「何で?」
「陛下は、ジルコーニが好きなんでしょう? 好きな人に尽くしたい、というのは、自然な感情ではないですか?」
「そういうもんかな」
「そういうもんですよ。それに、陛下は裏表のないほうです。あのバロッケリエール家の者たちを見ると、つくづくそう思えますよ」
 確かに、バロッケリエール家は、デミアン、妻ウリエル、息子テレイアの三人とも、かなり裏側が濃い人物である。それに比べれば、ケイトクなど…
 そこで、ケイトクはある言葉を思い出す。
「ねえ、ゼタ。テレイアが家に帰らない理由って、確か…」
「父親が本当に気が狂っているのか確かめるためでしたかね」
「テレイアもなかなかだよね」
「でも、もう二ヶ月近く経っているわけですし、さすがに演技ではないでしょう」
「わかんないよぉ~? そう思わせといて、『実は!』とか。あのデミアン・バロッケリエールだし」
 ケイトクは、あははは、と笑った。
 しかし。
「…デミアン・バロッケリエール……!」
 そうだ。何故こんな単純なことに気づかなかったのだろう。
 ケイトクはすっかり失念していたのだ。相手があのデミアンだということを。
「ゼタ。僕らは騙されたんだよ」
 ケイトクはため息をついた。ゼタには何のことだかよく分からなかった。
「お願いがある」
──―――この推論は、恐らく真実。
「明日、もう一度デミアンに会いたいんだ。多分それで、バロッケリエール家の件は終わる」
 
 
 
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 バロッケリエール家のたたずまいは、全く変わっていなかった。
「どちら…ああ。ゼタ様。今回はいかがいたしましたか?」
 顔色の悪い門番も同じだ。
「当主に会いたい」
「はっ。かしこまりました」
 同じように案内される。ケイトクも、少年に扮してゼタに従う。
「当主に…」
 そして、デミアンの部屋。ドアを開ける顔色の悪いメイド。
 不変。そう。全く変わっていない。
「出て行け! 悪魔の使いめ!」
 ナイフを投げる。ゼタが避ける。
「何をしに…けっきっ」
 歯が鳴っている。言葉にならなかった。
 しかし。ここからが本番。
「デミアンさん」
──―――もう、分かってるんですよ。
 ケイトクは、その言葉を出しはしなかった。代わりにこう言った。
「その白髪をつくる染料、においが強いようですね」
 ケイトクはうっすらと笑いを浮かべた。
 そして、デミアンも。
「白髪の男もいいかと思ってね」
 そこにいたのは、ケイトクの良く知る、あのデミアン・バロッケリエールだった。