男性化志望者とその友人 30

 今日やる予定の仕事も時間内に終わらせ、夕食も済ませたケイトクは、風呂に浸かって一日の疲れを癒していた。
 女性化してこれだけ経つと、さすがに自分の体にも慣れてくる。最初は、風呂や着替えの都度に少し赤面していたのだが、そんなこともなくなった。
「ふい~」
 やはり風呂は気持ちがいいものだ。だが、疲れが取れた分、ケイトクの頭はジルコーニでいっぱいになっていった。
 ジルコーニの態度はやはりおかしい。
 あんなに冷たい目でケイトクを睨み付けたかと思えば、今日は心配していたという。しかも、ケイトクを振ったことなど、全く記憶にございません、という態度なのだ。
 ジルコーニとしては、ケイトクとは友達でいたい、ということなのだろうか。だとしたら、あの冷たい視線は一体?
 服装や話し方が悪いのだろうか。口調を女言葉に変えるべきなのか? ケイトクとしては、やはり長年なじんだ話し方を変えるのは気持ちが悪いので、出来ればこのままごり押ししてしまいたかった。
 服装に関しては、一応女物にしている。飾り気は少ないし、スカートではないが、これだけでも相当気を使っている。意識しなくても足を閉じて座るようになったのは、割と最近だ。
 風呂を出て私室に戻ったケイトクは、やっぱりもうちょっと女らしくしないとだめなのかな、と思った。
──―――でもそれは僕じゃない気がする。
 まるで『女王ケイトク』を演じているような気がするのだ。
 ケイトクは、この『演じる』という言葉に、のどに引っかかった小骨のようなものを感じた。それも、ジルコーニだとか、王位だとかに全く関係ないところに結びつくものを。
 
 
 
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「じゃーん」
「…どうしたんですか!?」
 ゼタは目を丸くしてケイトクを見つめた。
 ケイトクは、今までのズボンから、より女性的な服にしていた。つまり。
「その、スカート」
「心境の変化。っていうより、気分転換かな。こんなのも良いかもって」
 レースなどの飾りは、いつも通り少ないが、細身のケイトクに良く似合う若草色のフレアスカートと白いブラウス。金髪のショートカットは、さわやかな印象を与えていた。
 ゼタは、ふーんという風にして、椅子に座って本を開いた。ケイトクも席に着いた。椅子に座った状態を正面から見ると、いつもと全く変わらないので、なんとも不思議だ。
 ケイトク自身、ジルコーニのことを意識して、『スカートもいいか』という軽い気持ちだった。しかし、はいてみると、思った以上に意識に変化があったのだ。
──―――なんか女の子なんだなって気がする。
 生足を出しているせいか、常に見られている気がする。もちろん気のせいである。だがケイトクは、完全に”アレ”がなくなったときよりも、女になった実感があった。
 そして、その日の午後。
「よおっす」
「おはよ」
 ジルコーニは無論、その変化に気づかなかった。ケイトクは座ったままだったから。
「ジルも来たし、お茶にするか」
 ケイトクは心中で身構えて立ち上がった。そして、メイドを呼んだ。
「ケイトク、それ…どうしたんだ?」
 ジルコーニが真面目な顔で聞いてくる。
──―――きたきたきたぁ~!
「え? ああ。これか。どうかな。似合う?」
 ジルコーニはどう思うだろうか。ケイトクはジルコーニを見つめた。
「あ~っと、似合ってるんじゃないか?」
 ケイトクは、すっと笑顔をかき消したジルコーニの言葉と視線に、冷たいものを感じた。
──―――まただ。
「そう? ありがと」
 ケイトクは便宜上の礼を言って、再び腰掛けた。
 お茶を飲み終わると、ジルコーニは部屋を出た。いつも通りだった。
 ケイトクは、ジルコーニが演技しているのか、自分が演技しているのかわからなかった。