男性化志望者とその友人 29

「わからん!!」
 ケイトクは、ゼタがテレイアに会ってから三日経った今日も、何がなんだかよく分からなかった。
 調べるところは調べ尽くしたはずだ。一ヶ月半に及ぶ護衛生活と、解けない謎が、ケイトクを苛立たせる。
 熱愛騒動は、もうだいぶ下火になっていたものの、ここで稽古に顔を出しては元も子もない。お忍びで街へ出かけることも、もちろん厳禁だった。ジルコーニもこのところ顔を出さないし、ゼタは本の虫だし、メイドは他にも仕事がある。
 もちろん、ケイトクにだって仕事がないわけではない。むしろ、常人よりもすさまじく量・質ともに豊富な業務を抱えていた。だがケイトクは持ち前の勤勉さで、特に仕事をためることはなかったのだ。あれだけ事件やら何やらの調査をしながら、である。
 体力があるという点で、ケイトクは非常に高く評価されていた。先王は病気がちで、在位中も頻繁に寝込んでいたからである。その隙をぬって、貴族たちが跋扈してしまっていた。両性具有で体が安定していないにもかかわらず、これだけ仕事をこなしていくケイトクに、国民はついてきたのだった。
 しかし、そんなケイトクでも疲れることはある。今日はまさに”疲労のピーク”というやつだったのだろう。
 ケイトクは仕事部屋に戻ると、机に突っ伏した。
──―――あ~あ。疲れたな。なんか。
 
 
 
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「失礼しますぅ」
 ジルコーニは手土産を持ってケイトクの元を訪れた。
 ケイトクからの返事がない。机に突っ伏したままだ。ゼタは読書中だった。
「おい。ケイトク」
 ジルコーニの顔から、血の気が引いていく。急ぎ足でケイトクに近づく。ケイトクの肩に手を当てて、ゆすった。
「ケイトク? ケイト…」
 立ち上がったゼタは、ジルコーニを止めた。ジルコーニがゼタのほうを向く。ゼタはケイトクを指差した。ジルコーニは、そっとケイトクの頭に耳を近づける。
 すぅ…すぅ…
 規則正しい呼吸音。ジルコーニは胸をなでおろす。
「なんだ。寝てるだけか」
 ジルコーニは声に出したつもりは全くなかった。しかしその声は、ケイトクの眠りを覚ますのに十分だったようだ。
 ぱちりと目を覚ましたケイトクは、自分の頭を起こした。そして、右を向く。
「…うわあぁあ!」
 静寂が支配していた室内は、ケイトクの叫び声で満たされた。ジルコーニは耳をふさぐ。
 ケイトクの顔は真っ赤だった。
──―――なんで…?
 
 
 
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──―――顔、近っ!
 ジルコーニの顔とケイトクの顔の距離はあまりに近かった。
──―――まつげ…くちびる…うわ、うわぁ…
 ジルコーニは不思議そうな顔をしている。
「でかい声だすなよ。マジでびびっただろ。突っ伏したまま、ゆすってもおきないんだから」
「…っていうか…ジル、何しに来たの?」
 気を取り直したケイトク。
「そりゃないだろ。お前が疲れてるだろうと思って、差し入れ持ってきてやったんだぞ。お前の大好物。あの屋台のカリントゥー」
 ジルコーニは手に持っていた袋から、長細い棒状のお菓子を取り出した。そして、一本、ケイトクに、一本をゼタに渡した。
「ありがとう。ってちょっと待て。カリントゥーが好きなのは僕よりむしろお前…」
「まぁまぁ。堅いこと言うなって」
 そう言いながら、満面の笑みで残り三本を一気に頬張った。
──―――あ、懐かしい。
 ケイトクはもらった一本を食べた瞬間に思った。もう二ヶ月は食べていない。それほどカリントゥーが好きなわけではないケイトクだったが、一気に食べ終えてしまった。
「美味いな」
「はぁ! ほひひーはろ」
「言いたいことは伝わってくるが言語とは呼べないぞ、それは」
「もが…ん。ケイトクらしくなってきたじゃないか。そのツッコミ。じゃ、俺はもう用事ないから。偶には甘いもんでも食わないと、頭働かなくなるぞ。以上。ジルコーニ様のアドバイスでした。バイビー☆」
──―――何なんだ、一体。
「陛下。ジルコーニは本当に心配してたんですよ。陛下が起きないこと」
「ん~そうかなぁ~」
 にわかには信じがたい。ゼタがジルコーニに騙されているのではないか。
──―――さて、仕事。
 ケイトクは、頭が冴えてきた気がした。
「やっぱりジルコーニは良く分かってますね。陛下のこと」
 ケイトクはゼタをじろっと見やった。ゼタはまた本を読み始める。
 書類の山と向かい合って、ケイトクは改めてジルコーニにお礼を言った。
──―――ありがと。ジル。
 ケイトクの胸中は暖かかった。