「デミアン氏は、私が屋敷を離れるとき、『青い悪魔が私を破滅させる』と叫んでいましたよ」
ゼタは言葉を続けようとした。
「貴方は…」
それはウリエルによってさえぎられる。
「あら、嫌ですわ。私ったら。日が照ってきたものですから、びっくりしてしまいましたの」
墓穴を掘った。
「ウリエル婦人。世間では多くの人々は日の光を好みます。雨上がりの光ならばなおのこと。それに”驚く”という表現は、不自然だと思いませんか?」
ウリエルの瞳は、再び輝いた。
「その青い瞳」
ウリエルは押し黙る。もう隠せない。
「貴方は『人魚』家系なのですね」
ゼタはウリエルを見た。
「…ええ。そうよ」
「私の考えをお話します。事実と違う点があれば、おっしゃってください」
ゼタは語り始めた。
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貴方は、デミアン氏に『人魚』家系であることを隠していた。
結婚した当初、それは何の問題もなかったし、隠せていた。
しかし、先王が差別撤廃に取り組み出したころに状況は一変します。
バロッケリエール家は反差別撤廃派の先頭に立った。
もし、万が一、貴方が『人魚』家系であると明るみになれば、バロッケリエールの失脚は間違いない。さらに、『青い悪魔が貴族に取り入った』とみなされ、差別に拍車をかける。同朋が危険にさらされるかもしれない。
デミアン氏にばれただけの場合でさえ、事態は深刻だ。家と自身の保身を考えたデミアン氏が、貴方を殺しにかかるかもしれない。
貴方は極限まで隠し通していた。
しかし、ばれた。
デミアン氏は貴方を殺しはしなかったが、別荘に閉じ込めた。いや、閉じこもるよう言いつけた。
それだけで事は終わらない。
息子のテレイア。彼もまた貴方から、その『人魚』の血筋を受け継いでいるかもしれない。そして事実、そうだった。
デミアン氏は必死に隠した。こちらは妻と違って一人息子。大事な跡取です。どうにかならないかと考えた。
無論、どうにもならなかった。
最初にばれたのが、愛人です。しょっちゅう家に出入りするうち、その瞳の変色を見てしまったのでしょう。なにかの弾みで。
今度はたかだか愛人。デミアンは目撃者を消そうとする。
ここでテレイアは、何とかして愛人を逃がす。そして、自身も実の父親から一時逃れる。
テレイアは目撃者を逃がしたんだ。デミアンも、手を打たずにはいられないだろうからね。たとえ実の息子であっても。
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「…こんなところです。そして、息子と愛人の逃亡先はこの別荘。違いますか。どうです?」
さんさんと差し込む日差し。それはウリエル同様、ゼタをも照らし出した。
「…そうね。大方は、当たってる」
自嘲気味の笑いは、諦めとも取れた。
「けど、所々違うわ。テレイアとオリーブがいるのはここじゃないの。隣国に行ってないのは正解だけど」
「では今どこに?」
ウリエルはちっちっと舌を鳴らした。
「急かされたってだめ。私、もう年なんですよ。ゆっくり話しましょう」
ウリエルはメイドを呼びなおした。
「お茶を」
「かしこまりました」
ゼタはメイドの瞳の色を見逃さなかった。
「まさか…」
「そう。あの子も。門番の子も。二人とも『人魚』。孤児だったのよ。田舎のほうではまだ差別も酷くってね。見ていられなかったから、連れてきちゃったの」
秘密を知られたウリエルは、まるで少女のような口調だった。
「じゃあ、私の昔話に付き合って頂戴」